AIを使ってブログを書いているカウンセラーがセッションが出来ない訳

本当の自分に還る為の指針

最近、昔からたまに読んでいた元同期の人々のブログの口調が変わりました。
上手くは言えないですが、文章ってその人のリズムが出ますから、それが変わった、ということです。なんというのでしょうか、指紋みたいなものだから、それが変わった、ということは、その人が書いていないのでしょう。

わたしはそうした人を、カウンセラーに選ぶのはやめた方がいい、と感じます。
どうしてなのか、以下に書いていこうと思います。

例えばだって、文章を書くのはカウンセラー、セラピストの仕事ではない、
そう思うかもしれません。
しかし心理セラピーを行うにあたって、我々が使うのは最初は”言葉”です。
それを使って、それを聴いて、相手のことを理解し始める、そして、そのクライエントのまとまらない言葉に寄り添っていくと、浮かぶ図を、クライエントに、これがあなたの言いたかったことですか、と、言語化して返していく作業も多いのです。
つまりはある程度、言語を得意、としている人でないとクライエントの想いを、まとめて客観的な要約をすることは出来ません。
昔国語のテストでやりませんでしたか、文章を読んで、要約しなさい、というもの。
あの要約をセッションでもセラピストは自分の意見や感情を全く入れずに、クライエントが自分が言いたかったことはなんであったのか、ということを客観視してもらうために行う必要があります。これの一番簡単なものが、かの有名なロジャースの伝え返し、なのだから。
これをよく理解していない人は陰口で、自分が言ったことをオウム返しされただけで、ちゃんとしたアドバイスをくれなかった、と誤解をしてしまう人がいます。あれはセラピストがなにか言うことも考えもなかったから、繰り返したのではなく、クライエントが無意識に繰り返して言っている言葉、を、本人が受け取る、分かりやすい言葉で受け取ってもらう、ということで、クライエント自身に、新しい気づきが生まれ、一つ自己理解が進んで行く、というとても重要なステップなのです。
そのためには、よくセッションでは、思いつくままに、思うがままに言葉を言ってください、聴きますから、というセラピストの言葉は、全身全霊で、この人は何を言っているのか、感じているのか、を感じて、その色んな所にいく、言葉の一つ一つをまとめて、要約して、返し、その人の反応を見て、その要約の主旨がずれていないか、素早く判断していく作業が続きます。
これはちゃんと言語能力がある人ではないと難しいと感じます。


なので文章が好きで、得意である、というのはセラピストとして必須な能力であることは間違いないです。ブログを書く、というアウトプットはその訓練の一つにもなりえること、それを、AIに任せてしまうことはいかがなものなのか、と思うのです。

またそれはセラピストだけに言えることではないと感じます。

なにか物事を行うこと、で、大切なのは過程です。
過程をAIにしてもらう、これは今までしてきた人、が、時間が足りないから
アシスタントにやってもらう、という感覚ならば、今までしてきた過程と努力がその人の中に内在しています。昔サラリーマンだった時、企画書を作成することは沢山ありましたが、
わたしは作る前に紙にアイディアをまとめることをしてから作り出しました。
自分でそこから作るから、プレゼンする際に、どんな質問が来ようが答えられたし、
また、資料にない部分も、お客様と共に、新しいアイディアがその場で生まれて行ったと
とても感じています。


資料を作る時間、はAIですれば5分として、自分で作ったら構想から作業まで5時間。ならば時間は短縮できる。更にAIにプロンプトを書くのだからそのプロンプトをまとめる段階でアイディアはまとまっているのだ、となるかもしれない。
けれどわたしの経験から、最初に紙に書いていても図面お越しをしていて、また作業している段階で、あれ、こっちの方が、いや、ここが、と作業の過程の中で更にアイディアが生まれていくことがあったし、その方が良くなっていくことの方が多かった。まあ、もしかしなくても、わたしが頭がまあ普通ぐらいなので、そうなるのかもしれませんが、普通の頭の人の方が多いので、やっぱり書いてく過程、の中で、変わっていくこと、は、やはりその企画と向き合っている時間と実際に書いていく過程で、よりその具体案が練られてくことによる、理解の深さから出てくることだと思うのです。

だからこそ、企画書が下手なんだからAIに任せる、という恐ろしさが分かっていただけるかと思います。企画書が上手に書ける人が時間短縮しているのと、それが出来ないからAIに託した人の違いが。まあ、企画書で言えばプロンプトが上手くないので、見栄えはいいけど中身がよく分からないものが出来ちゃいますけどね、でも苦手な人ってその善し悪しも分からないから平気で載せちゃう提出しちゃう。そうなんです。真偽がわからないのです。

よくこれからの時代は知識なんてなくていい、AIに聞けばいい。
いや、あなたに知識がなければ、
誰がその真偽を問うの?
その善し悪し誰が判断するの?
そもそも何かのアイディア自体、誰が思いつくの?
AIに言われたことを丸飲みするしかなくなってしまう。
AIに提案されたことするだけになってしまう。
恐ろしいことです、本当に。

だって、ねえ、あなた、はどこに居るの?

知識だけあればいい、ということではないです。
ある程度の知識と、自分なりの思考力を持つこと、
それが自律していることです。
人間を、生きている、ことです。
主体性をもっている、ということです。
自分軸で生きている、ということです。
わたしが、わたし自身を生きてる、ということです。

それをどうか手放さないでください。
あなたを手離さないでください。

わたしはそれを今日の七夕の日に、
先ずは、彦星と織姫が天の川を無事に渡れますように、
そしてあなたがあなたを手離してしまわないこと、
それらを短冊に託し、笹に飾りたいと思います。

 

※因みにその人の波動を良くするというのでしょうか
周波数を微細にバランスにとれたものにすること、
それになにか道具を使う、または別のツールを使う必要はありません。
なぜなら、その人の心身のバランスが取れれば、綺麗になるから、です。
つまりは心理セラピーで土台の調和を図り、そして自己回帰セッションのようなコーチングを行って自分へ還っていくことと(これ即ち、自分の見たくない部分に触れ、そこを認め受け入れ、成長するか)をしたら、他は必要ないです。