• 本当の自分に還りたいあなたへ

「本当の自分に還りたい」あなたへ

還りたい場所へ


幼い頃から、ここは本当の家ではなく別に還る場所がある、 そう漠然と思ってきました。

何故かというと生家(生まれ育った家)で自分の存在価値が見出せなかったから。
その後、友人間でも、会社でも結婚しても常に常に相手に奉仕し続けないと居てはいけないのだと思って自分をないがしろにして生きてきました。

走れなくなる、その日まで。

倒れて、ふと自分が何を求めているかすらわからないことに気がつきました。

わたしの好きってなに?
わたしってなに?
わたしのしたいこと?

すべて答えられなかった。
それが更にひどくなると 朝起きること考えること、いや、生きることすらいやになりました。
好きだった料理もしたくない、見るのも嫌になりました。

深層意識へと向かう人

なんでこんなに生きづらいのだろうか。
やってもやっても報われないのはなぜだろうか。
家族や母との関係には本当に昔から…どうしてこんなにわたしだけをバカにしてくるのか。

どうして、どこにもわたしの居場所がないのか。

とにかく自分ほど駄目な人間はいない 、だから自分は生きている価値がない、 何をやってもどうせ無理と自分自身の夢や希望から、 自ら目を背けて諦めてきた…
そんな想いを胸に、 ある時は自分を責め、 ある時は人を羨み、そうやって今まで生きてきたことをぼんやりと思い出しました。

たぶん子ども がいなかったらそのままだったかもしれません。
子ども の為に気力を振り絞り、生きなおす方法を探し始めました。

整体、東洋医学、哲学、社会学、手あたり次第。
小学生から母との関係に悩み、読んでいた心理学の本。
理屈はわかる、症例はそうだ、しかしわかるけど感情が動かない…
学術書的な心理学の本を大学の図書館に行ってそちらをもう一度読もうか、
そんな時、一冊のエッセイに近い本に目が留まりました。

自分を肯定していい、と。

わたしに必要なのは分類や事例や症例などの学術的な学問ではなく、
今の自分を肯定することだ、と感じました。
どうやって……

分からないままその本のカウンセリングを受けてみよう、そのグループの一人の人のカウンセリングを受けながら、いっそカウンセラー養成講座に通おう。わたしがわたしのカウンセラーになればいい。
なぜか分かりませんがどうしても通わなくてはいけない気がしました。
 
その過程で自分がアダルトチルドレンであったことを認識しました。
昔はアダルトチルドレンなんて甘えた人が使う言葉だと無視してきたのに。そして母とだけでなく父に対しても、いや家族そのものが歪んでいた、と言うことに気づきました。
その家族を維持するために自分はスケープゴート(※)やケアワーカー(※)として、両親の癒されない心の傷を受け止める役割を家庭内でしていたのだ、と。
アダルトチルドレンの五つの役割。スケープゴートは問題児として他人の罪を肩代わり、ケアワーカーはお世話係として自分以外の人のことばかりしてしまう。

だから、

わたしが心からしたかった仕事、
わたしが居心地良いと感じる夫、
わたしが安定した愛着関係を築くことの出来る友人たち、

というわたしが主体の考えではなく、生家の家庭内での役割と同じ筋書きにになるため、自ら周りの配役をそろえ、繰り返し同じ役割を演じてきたのだ、と。

だったら、
本当のわたしが望んでいるものっていったい何?
本当の自分の欲しているもの?
本来のわたしってどんな人間だったろうか…?
 
養成講座の前に受けたカウンセリング、講座後に やはりこの人だと受けたカウンセリング。その後は自分で自分のカウンセリングをしながら その度に湧き上がる感情に対し、わたしは ひたすら自分との対話を続けました。(※)
安易なセルフセラピーは危険ですセッションとは、セラピストが安心な場づくりをしてクライアントの鏡になることで本来の姿を出していく作業なので、単独はお勧めしません。
 
深層意識や身体の声にふれていく過程で昔、わたしを捉えて離さなかったこの番組、
アインシュタインロマンのある学問が再び頭の中で鳴り響きだしました。
この応用をしたらきっと…心理療法は深まる、その直感は当たっていて更なる出逢いがそこから繋がり…新たな先生との出逢い、セッションを通じ自分の本来を能力を再び取り戻しました。
 
本当の自分自身へ還る意味が理解出来た時、そして還った時、
わたしがなぜその役割をしてきたかを腑に落とすことが出来ました。

 母の家長制度に縛られ男尊女卑に潰され、長男長女だけを溺愛した祖父母への末っ子だった母の苦しみ、憎しみ、悲しみ、孤独、そして愛。
 父の戦前戦後の混乱期、世界の価値観の激変病弱だった祖父が家族を守りきれず病死した喪失感、苦しみ、兄弟間での搾取、自己否定、そして愛。

存在否定、女性性の否定、 わたしを苦しめてきた生きずらさ

それは両親自身が抱え、消化しきれない苦しみ、悲しみ、怒り、孤独、苦しみ、みんな長きにわたった先祖からの負の遺産であること。それらの下で個々人の想いや希望は少しづつすり減り、押しつぶされてきたのだ、と。両親も彼らも同じように傷を負い、泣いてきた、ということ。

そして彼らとわたしが違うのは、
それを認識し終わらせる力が わたしにあるということ。
だからその親を選んだのだ、ということ。

つらい体験だったけれども、その体験すらにも意味があった、ということにも。

そう、人生に無駄は何もないのです。
一瞬、一瞬、に意味がある。

そしてその積み重ねが人を創るとするならば、
価値がない人間は一人もいないと言えるのではないでしょうか。

そして わたしがずっと還りたかった場所も見つけました。
わたしが幼い頃から探していた還りたい場所、それは”本当の自分自身”でした。

あなたの好きな物はなんですか?
あなたがして楽しいことはなんですか?
あなたが本当に一緒に居たい人は誰ですか?

そしてそう、あなたが今まで沢山傷ついてきたのなら

それは、
あなたが駄目だったからでもなく、
あなたが悪かったからでもなく、
あなたが弱かったからでもなく、

あなたが今ある物事を受け入れ、認め、赦し、最後は全てを愛せる力を持っていたから。

だから周りの人間は、
あなたに甘えたのです。
あなたに頼ってきたのです。

だから傷つけた人たちよりも、本当は、あなたはずっとずっと強い。
本来の自分に還ったあなたは、きっと光り輝く。

Photographer:Stephanie Petra
どうぞ、本当のあなたを取り戻し、あなたしか歌えない歌を歌ってください。

あなたしか出来ない輝きを放って、あなたの周りを照らしてください。

長く還らなかった分、時に遠くて険しい道のりだけど、でも二人で歩けば、ひょっと近道が見つかるかもしれません。 そう、二人で歩けば、果てない道も短く感じるのだと思います。

しばらくわたしは、自分だけ還れれば良いと自分に嘘をついていました。
長い時間、堂々巡りをして やっと
「違う、同じことで苦しんでいる人と肩を並べ、手を繋ぎ、共に歩いて行きたいのだ」
そう気がついたら、わたしは本当のわたしに、また一歩近づきました。

だから、

還りましょう、一緒に、
還りましょう、和多志(わたし)に。

還りましょう、手を取り合い、
還りましょう、本来の自分に。

還りましょう、 他でもない
この世にたった一人の尊いあなた、に。

今のあなた、今までのあなたを否定する必要はないのです。
今までの努力や苦労や悲しみが無駄になる訳じゃない。
今までの過去の全てを受け入れ、そして無視せざるえなかった自分自身の声に、今こそ耳を傾けて。

だからもう、他人の荷物は背負わなくていいんです。
あなたが あなたの為に生きていい。
あなたが あなたを大切にしていい。

そして最終的には自分と同じように他の命すべてを大切に。
己が命と同様に他の命も愛せるあなたになってください。

一緒に行きましょう。

最後まで 側にいますよ。
あなたがあなた自身の力で還り着く、その日まで。

レゾナント心理セラピスト  あらた

 
 
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