パワーストーンの使い方、えらびかた

感想、その後のクライアントさん
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なかなか難しいですね。
現代人には。

値段、効果、お店、
そんなんで選んでないですか。

スピリチャリル系のお店は実は氣が悪いお店が多いです。

あれま、ですか?

でも思うになぜかと言うと不幸だからパワーストーンに興味がある人、いや頼る人、が多いから、が発端ではないかとわたしは思います。

 

なのでここからは怪しい話になりますが、
まあ、いいや。

あまりに悪い店長さんだと、石の魂だけが抜け出してる店とかあります。
あ、石はダジャレ抜きで意思を持ってるので。つまりパワーストーンだけどパワーが逃げてしまってる状態ですな。
こんな人いやー、と逃げるんです。
石屋の前で石がそう話しかけてくるし。

石「ここにいるのいや…」

わたし「ならうち来て休む?」(我が家は大地の氣が良い場所にあるのです)

石「行く」

 

しかしまだこれは良い方。

悪いとあまりに悪い店の人、客などの悪い氣を吸い込んで悪い氣を発してる石の店。

更に悪くなると意図的にエネルギーを奪う意思を入れられている石、など悪い意図を入れられた石屋などあったりします(それを持ってる人はかなりのスピリチャリルマニアの男性で政治家なども極秘で通う気功の先生とか通ってると自慢げに言ってたなあ。しかし中身が空っぽではなく泥人形のようになってました、エネルギー常に盗られてるからでしょうね)

 

そして選ぶ人にも問題が。
値段、書いてある効果とかで選ぶ。
そうじゃないんですよ、石って。

相性です。
お互いに好きで協力したい、と石が思ってくれるか、です。
石もやりたいことがあり、同じ方向を叶えてくれる人を求めています。
だから石の種類や値段よりあなたに合う石、仲間かどうかが重要です。

 

前にクライアントさんと店で選んだことがあるんですね。キラキラしたいかにもパワーストーンの中からわたしの身内(我が家はこちらの力が強い家系でポツポツいるので)がその人に選んだのは値段もお手頃で、キラキラ度は低めでした。

これが合うよ、と満面の笑みの我々とは対照的にクライアントさんは

……(。-_-。)

でした。

 

あ、こ、これは?
こんなのもどうかな

そわそわと違う石を指すクライアントさん

いや、これが合うよ。
うん、これが一番いい!
合うのはこれだわ、

これじゃこれじゃ、と盛り上がる我々。

 

我々2人の断固たる態度に、
こんな石はわたしのイメージとは違う…
けど安いから試しに買うのもやむなし。
そんな雰囲気を漂わせてクライアントさんが買ったのは4年前だと思う。
その時は納得度10%な感じでした。

 

そして合わせてわたしがスリランカに行ったばかりだったので山から頂いた石の中からクライアントさんに合うものを選んでお土産としてあげたのでした。
それも磨いてない原石だからキラキラしたパワーストーンとはイメージ違かったと思われます(わたしは原石みたいな石も大好きだ。磨かれたやつよりそのままで可愛い) 

(特別出演 うちの子)

 

で、昨日、そのクライアントさんから地場野菜(ありがとうございます。くりたけと栗を炊き込みご飯にしたら素晴らしかったです)と一緒に手紙をもらいました。
その際に、石がより身近になぜその人と共に在るか分かるようになった、と書いてありました。

その人には卒業セッションとかで、石と共にやりなねと言って来たので石の存在は意識はしていたと思います。

でも最近ようやく石との相性をクライアントさん自身が本当に理解し、自身で交流を持てるようになったと言うことでしょう。

その人の求める世界とリンクを始めた、と言うかその世界にその石はあったんですね。
分かりにくいとは思いますが、わたしたちがそれぞれに求めている世界観は既にある、んです。
自己回帰はそれを見失ったのを再発見していく様なものです。

セッションではその世界を見せていく気づかせていく、指し示すモノ、と言ってもよいかもしれません。

他にも自己回帰セッションではその方の本質を言語化した言葉をお渡ししますが、それも今ようやく本当に分かってきた、と書いてありました(これも世界観への道標の様なものだし)

わたしが今のあなたの思考だけで想定した自分と言う狭い範囲で自分の可能性を限定するな、決めるな、と言ってきたのもわかった、と。
4年前に今の自分自身、家族の姿を想定したことはなかった。こんなになるとは思ってもみなかった、と。

これはとても重要な、こと。

 

やっと自分自身の世界観を身近にそして自分のこととしてしっかりと感じてきたと言うこと、それは今まで狭く限定してきた自分の思い込みや思考から脱却したのだ、ということ。

 

更に手紙には4年間かけて課題を実践してきたか、そしてその間の失敗も成功も合わせて血肉になり、今のわたしがある、
そう言う爽やかな、しかし静かな等身大の自信に満ちたお手紙でした。

 

わたしもようやくやれやれ言ってきたけれどそれをやめてこう言えます。

だから今、その人は色々と自分で頑張っています。
新しいことに勇気を出すこと、
今までの自分ではしなかったこと、
言わないですましてきたこと、
それはもう終わり。

自分で歩くことこそが楽しいことが腑に落ちたからでしょう。
どんな困難な時があろうが、自ら歩けることこそ、あるがままのあなた、なのだから。

人はね、

気づいちゃいました、
心のメカニズム知っちゃいました、

じゃ変わりません。

 

本当に自分を取り戻したいなら、
向き合って、乗り越えて、自分の力で経験しなきゃ無理です。

 

だから、わたしはセッションとは
話をする2時間ではないのですよ、と。
セッションとセッションの間の成長と経験と。それら全てを見守り伴走して初めてセッションだと思っています。

基本セッションの間も、そして終わってからその後その人のテンポで卒業セッションの合間もずっと、そう。
しかしずっとズルズル連んできた訳でも、何かグループなどで束縛もしていません。
あくまで見守って、必要な時のみ、声を掛けて必要なセッションをする。

わたしの場は出入りは自由です。
あなたが必要な時に、
あなたが行きたい場所のところまで。

今後クライアントさんと話す時は、姉と妹のような関係となり違う付き合いになるでしょう。わたしは妹か姉が欲しかった。
だからとても嬉しいです。

(※蛇足ですが、わたしが選んだ石をその場で喜んでくれた人もいますよ…ええ。
また皆さんが石を必ず選ぶ訳ではありません。希望者のみです。持ってなくてもいい)

もちろんセッション後、さようならの人もいるし、そうでない人もいます。
どちらでも良いじゃないですか。
その人のしたいように。

 

しかしわたしはセッション後、
二度と会わなくても、

数年後でもふと
ああ、あの時、あらたが言ってたのはこれか、とクライアントさんが感じてくれるセッションをしたい。
こうした手紙やコメントをもらうと少しはそう出来たようだ、良かったと感じます。

思い出したその時、そのクライアントさんにわたしは寄り添っている訳です。
概念としてですけど。

わたしの言葉がその人の中で生き響いている、と言う意味で。
そしてそれが出来て初めて本当のセッションだと思っています。

 

また嫌われる勇気を持って
わたしを叱り厳しくしてくれたから
自分を甘やかさないで挑戦してこれた、とも手紙にありました。

そうです、コーチングを含む様な自己回帰的なセッションでは時にわたし達から苦言を言わねばなりません。
(癒しに特化した心理セラピーではしません)
クライアントさんの耳障りの良い言葉だけ投げかけるのではなく、
わたし達が言わねばならない言葉とは、
今、あなたに必要な言葉、です。

 

間違えているなら間違えている、進んだなら進んだ、それこそありのままの今のあなたに必要なことを言わねばならない。

だから相手を認めることとは、
褒めることでも怒ることでもなく、 
あなたは気づいてないが実は良くなった部分はここだよ、と認め、
ここは前の癖が出てるから改善しよう、
と、あなた自身の状態を自分の主観ではなくあなた本意に定点観測した今のあなたの事実を伝えること、です。

 

それは俗に言う図星をさされるから、
言われたらイテテ、となる場合はありますよ。

でも冷静に考えて。
図星な部分にこそ、
本質があるに決まってるじゃないですか。
そこまで行かなきゃ人間変わりませんよ。

 

またそんなやり取りをするセラピストになりたいと思うなら、

①誰よりも事実(ありのまま)から目を逸らさない覚悟はありますか?

②クライアントさんから嫌われても事実を言えますか?

③誰よりもそのクライアントさんの味方になれますか?

④嫌われてもその人の側(かたわら)から逃げず、揺らがず立ち続けられますか?

⑤苦言を言った後はクライアントさんが自ら立ち上がるまで、口を挟まず、手を出さす、見守れますか?

⑥クライアントさんを黙って待てますか?
またその待つ間の孤高な時間、一人で耐えられますか?

 

これらがセラピストの資格であり矜持であると思います。

 

だから、
一生あなたの面倒をみる永久的なサービスをうたうカウンセラーのような、そんな人に引っかかってはいけないです。
わたしの様な概念での寄り添いではなく、そのサービスは有料なお節介だから、です。そして一緒だよ、と囁くのは寂しいからです。

そんな人達はカウンセラー養成講座はやらない方がよい、とわたしが記事を書いたら表向きの養成講座をやめられ自分の心を癒す講座に置き換えました(つまりは表現だけ変えて中身同じ)更には最近自己回帰セッションに酷似した講座を立ち上げられましたね。
謳い文句はさることながらセッション効果はやはりセラピストの実力が比例しますので残念です。
今のあなたにクライアントさんの本質に行く実力はございません。あなたが自分の本質から逃げたからです。
わたしはあなたの公開セッションをちゃんと見て申しております。
またその際に過ちが深くならぬよう本人に伝えました。しかしやめなかった。
もう戻ることは出来ません。
どうぞ辛く苦しい道を、誰とも心が通うことのない冷たく暗い道を歩んでください。

だいたいブログのフォロワー数とかは金で買えますし、認定カウンセラーの認定も養成講座の倍以上のお金を払って更に講座に通った人が名乗ってるので実力ではありません。お金の力です。

ロイヤルパワーならぬマネーパワー、奇しくも真似ーパワーとスマホが変換しました。
それもあるかもしれません。
(と言うか金を貢ぐカモ、と言う意味では上級と言えましょう。嫌味っぽいなぁですか?嫌味です。
わたしの大事な心意気を上っ面だけ真似されてホームページを作られたら嫌味の一つも言いたくなります。あ、真似したホームページで上々の集客だそうですね。
わたしの主張や方向性が多数の人の心を掴むと言う証をありがとうございます。
これももちろん嫌味です。真似を許してはおりません=許可しません。念のため)

 

最初は悩みを相談していただけなのに…いつのまにか弟子になりカモになる。
いつまで師匠と言いながらネギを背負って貢ぎ続けるのでしょうか。
あなたのことなんか見ることすらしてはいない彼を。 
だから寂しいので、あなたはあなたでカモを探し続けるからカウンセラーをやめられない。まあ師匠自身も同じ理由ですけどもね。

 

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カウンセリングに是非

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なれたら技術をブラッシュアップしたいだろ?

起業したらアクセス増やしたいだろ?

一人でやるのは大変さ、組織内で箔を持たせたいだろ?認定にならないか。

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と営業会議のプレゼンさながら。

 

あなたはそれに乗っかったらいけません。
どうしたらそれを見分けられますか?

わたしのブログに来た人ならわかるから、じっくり見て。

引き寄せはありますよ。
まだ自分から逃げたい人は、
金の亡者や、
自分を見失った人に惹かれてしまうでしょう。

 

しかし本当に自分を取り戻したいあなたが気になるセラピストやカウンセラーは本当の意味で伴走できる人ですよ。
ただ安心、と言うよりちょっと怖い感じを持つかもしれないけどね。

 

今回の記事のクライアントさんはわたしと初めて会った時、なんで私のこと分かるの⁈怖い、と思ったそうです。
他の人はあるセラピストを紹介したら目が自分を見抜いてる感じがする、と。

そう言う怖さはあるかもしれません。
図星をつかれる怖さ、なんでしょう。
しかしあなたはそれを乗り越える勇気と時期が来たから星の数程ある、わたしの様にひっそりとしたブログに来たんですよ。

 

わたしに限らず、
あなたが良いと思った人、
なんか気になる、 
でもなんか緊張するけど…
そう思ったなら飛び込んでみてください。

自分を信じて!!!