“強がる人”と、”強い人”の違い そして本当の寄り添い方、とは

強がる人は硬い硬いガラスと同じです。

え、ガラスは柔らかいんじゃ…いやいや、固いからこそ、割れるんです。
頑なになりすぎた故に、とても冷たくて、寒くて、動こうにも動けなくて、やっと動いたかと思ったら割れてしまう。

本当のガラスの心ってのは儚さではなく、
そんな脆さをあらわしてるのかもしれないね。

強い人はしなかやで、挫けない人。

今回だめでも、次がある
これは失敗かもしれないが、違う手がある

この人には氣持ちが伝わらないけど
あの人は違うかもしれない

可能性を胸に、再度立ち上がれる人。
レジリエンス能力がある人。
だから執着しない。

だって次があるから。
だって他があるから。
だって自分の可能性を信じてるから。
だって他の人の可能性も信じてるから。
だから世界を愛せる。
愛するから、希望が見出せる。

これは和釘。

よく先端を見てください。 

打ち込んでいくと、釘自らが形を変え木の節に寄り添っていく。
相手を打ち砕くことなく、自らを破壊することなく和合するとは、まさにこのこと。

自らの形に執着することなく、相手のありように合わせて変化し、木の自然(←物事の本質を示す時は じねん、と読みます)と和釘は、種を超え、性質を超え、融合する。

このようにして木と鉄は どちらも割れることなく、かけることなく、
一体化して互いの長所短所を補い合い永らく建物を支える。

職人が手塩にかけたものには命が宿るのだと感じます。

 

これが本物の強さでしょう。

 

強さの本質は、ここにある。
しなかやで、柔軟性があり伸びやかに、
全てを受け入れていく。

素直な心こそ、強い。
ありのままを受け入れる心こそ、強い。

そして、
強い心は本当に愛することが出来ます。

割れてしまうもの、
意固地なもの、
頑ななもの、
強情なもの、
相手の素質を無視して呑み込むんでしまうもの(母的な愛が暴走するとこうなります、母の愛とは男女の中にあります)
自分の主張で相手を破壊してしまうもの
(父なる愛の暴走。こちらも男女共に持ってます)

それは強がりたい、だけ。

どんな人にも運命はさまざまなものを運んできます。

時に辛さや困難。
時に幸せや愛。

それら全てをも偏見を持たず、
素直な、まっさらな心で受け入れ、
また寄り添っていく。
その為に己がことに執着しないで
今、出来ることに集中する。

これが今を生きること。

そして自分を尊重し、相手をも尊重することです。また、相手を真に理解しようとする、ということです。

平たく言えば、
あなたをより 知りたい、わかりたい
あなたを愛してる、ということ。

そして更に最終的に、自分へ、周りの人へ適切な感謝の氣持ちが湧き上がること、伝えられることが出来た時、人の癒しが本当に終わるとも言えるでしょう。

強い人でなければ、
本当の感謝は出来ないからです。

わたしはセッションを通しクライアントさんに このように寄り添っていきます。

傷ついた人はそうされてこなかったから、知らないだけ。知らないなら自分を責めず、自分を決めつけず、学べば良いだけです。

セッションを通し体験し、学び、自らも愛していこう、と勇氣を持ち、行動し実行すること。そうしたら今度はあなた自身が自分の周りの人々の心を癒していける。

物事はシンプルですよ。

(勇氣はいりますが、かなりの。←頷いてる人いますね、うん。よく今回は氣張りました。
例の方の更に眼差しが広く深くなり、そこに光が出てきたら第2フェーズ、そこまでは手出し無用。焦り禁止。

ま  ち  な  さ  い

あなたの寄り添いにかかってますよ!)

 
 
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