人を肯定する、とは行為ではなく存在を受け入れると言うこと

今、孤独を感じているあなたへ
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身体に限らず、
肩が痛いって人に肩をいじる人はわかってない施術者。
心もね、同じ。

会社のパワハラ、
虚しさ、夫婦の不仲、子どもの不登校
不倫、家庭内暴力…色々悩んでて

そこで悩んでいる人が
よく陥りがちなパターンは、

それの理由は?
なぜ起こったか原因は?
どうしてそうなったか要因は?

名探偵ごっこしてる。

 

効果のない心理療法してるカウンセラーとか施術者も大半これ。
原因探し、探偵ごっこ。
ズバリ、わたしが当ててみせましょう。
探偵(カウンセラー?施術者に)にスポットライトがあたり見せ場が始まる。
推理ドラマのクライマックスには相応しいけど心理療法的には意味はない。

 

本当に必要なのは、
その人の本当に伝えたかったことを
本当に言うべき人へ伝えること。 

物事はシンプルだ。
それはそれを
怖い、触れたくない、
思い出したくない、
辛い、も、含む、全てを抱きしめて行う。

何を思ってもいい。
感じてもいい。
が、逃げたらいけない。
急いでもいけない。

そして施術者は補足するなら、
その人の魂に響く言葉を発すること。

たまにクライアントさんが、言う。わたしにはまだよく理解出来ないのに、わたしの身体に染み込んでるのが、わかる。
とか、わたしの奥が聴いてる感じが伝わってくる、と。
そんな言葉を。

 

つまりは考えて答えを出そうとするから
ぐるぐる思考になる。
セミナーで、講座で、
こんな事例がある、
本を読んでは、
こんなクライアントの傾向がある、
を知る。

ああ、わたしはこれかも、
わたしと同じ、同じって、
発見して満足してみる。

でも現実は変わらないから、
更に他の本を探したりブログを読み漁る。

セミナーを変える、手法を変える。
けど現実は変わらない。
原因は何?原因さえ分かれば謎はたちまち解けるかも、と期待して。

ぐるぐる、ぐるぐる、ぐるぐる考える。
こんなに、こんなに、考えてる。
こんなに、こんなに、努力した。

原因は何?
ああ、かもしれない。
こうかも、しれない。

しかし考えたって、どこかで座学で知識を得たって、動いてないのだから停滞してるし、そもそも、ああだ、こうだ、の思考のゴミと、本心(本当の自分)は考えんと行動してくれと思ってるからますます乖離を始める。

そうして勘違いしたまま道を突っ走る人もいるね。それに氣づきたくないから極端な方へ。ブログにいくら強氣な発言をしても残念ながら、わたしには視えている。
苦しんでいる姿が。

そして先程はエネルギー体で来てたね。
その道は捨てない方が良かったのに。
今、あなたの手に残したモノ、それは、あなたが欲しかったものじゃないよ、人も物も。残念だが後で氣づいた時に、前のメッセージを思い出してください。

今これを書いていても、あなたの本心が痛い。その悲鳴をあなた本人こそがいつか聴いてあげてください。

 

または心理療法を取り違えた施術者は、
どんな、あなたも良いんだよ
そのままの、あなたで良い

と言う肯定と受容と愛を取り違えた、
憐憫の眼差しをしている。
それは同情ってやつで、本当にそう言って欲しいのは、その施術者がそう許して欲しいからクライアントに言ってるだけさ。
つまり、どんなあなたでも良いって言ってるカウンセラーは、行為を肯定してるのよ。存在じゃない。

 

本当の自己受容は、
ただ、ある今をそのまま、だ。 
その先の愛もそう。
どんな状況のあなたも含め、存在の肯定だ。
あなたは、あなた、だ、
と言う良い悪いは無い世界。 

でも今辛いなら行為は変えなきゃあかんでしょう。
だから行為を肯定したって駄目ですよ。

だってそのままでは辛いんでしょ?
そのまま、でいいの?
変えなきゃ、言動と思考の癖を。
いいんだよ、じゃないでしょう。
新しいコミニケーション能力を身につけていこうよ。

でもそれが心の傷で出来ないから、
出来るように視野を広く、心を解放し、
自分自身を統合して自分100%で向かえるようにしていくのが、あなたを受容していく、と言うこと。
あなたを愛する、と言うこと。

 

だから縦の動きを出したいなら、横を。
要因に対峙出来るよう順序だてて進めないとね、強引に心を開けば良いってもんじゃない。
それが出来て初めてカウンセリングが出来る、カウンセラーとかセラピストって名乗れるのだと今、自分が通ってきた道を振り返って思う。

因みにわたしがセラピストと名乗っているのは心理療法を施術するから、です。
カウンセラーの定義だと自主的に働きかけ、はしないことが多いから。

わたしは積極的に潜在意識に働きかけていくので。あなたの顕在意識を飛び越えて、ね。