で、かつ、わかんないもんです。
人は。
セッションを通して、
人を本当に、こんなタイプ、とかカテゴリー分けしたり、事例や何かで、決めつけたりしたらいけないんだ、と痛感します。
人は開けてみなきゃ分からない小箱を持っているようなもの、です。
悩んだ人は箱の存在自体を忘れていたり、
棄てようと躍起になっていたり、
開けてもいないのに中身を憶測して決めつけたりしてる。
箱は開けてみなきゃ、
分からないよ。
それにどんな物が入ってても、
棄てたら駄目だよ。
と、わたしは言いたい。
あ、ただね、確かに小箱(人により大箱かもしれないけど。)を開けるのは準備が必要です。
いきなり開けたら中身を受け取れなかったり、開かなかったりする。
準備があります、本当にね。
子どもを産むのに似てる。
陣痛は苦しいから早く、痛みを感じず無痛で、とか、帝王切開なら予定は決まってるし合理的。
ってそれと似たようなことを心をしてるような氣がしてならない。マニュアル化、〇〇の法則、たった数回のセッションで!
とか。
陣痛から産むまで子宮口が開いて、
色々な準備が整うまで6から8時間だったかな、ある程度かけていくと裂けたりしないで産んでいける。4時間とかスピード出産は実は母体や子どもには負担がかかってる。長くても良くない。
心理療法にもそれは言えて。
核心にいきなり行ってもよくなくて、準備して、一つ一つ馴染ませてから行かないと、なんていうのかな、逃げてしまったり、見落としてしまったり、肝心なピースが欠けてしまったり。
だからセッションの最初で焦る人が大半ですが(氣持ちはわかりますが)一つづつやっていこう、と言わざる得ない。
足場を固めたり、安心を得たりしてから、バランスをみながら準備しないと難しいのよ。その上で人が100人いたら100通りの表現と、感じ方、やり方がある。
それに寄り添わないと。
しかしまあ、世の中、スピード、合理化、ばかりで。
なんだろう、待つ力って必要だよ。
忍耐力って大切なもの。
それがまるで頭悪いみたいな風潮だけど。
自主的に待つって見極めるってことだから。速けりゃいいってもんじゃない。
速さに惑わされちゃ駄目だよ。
わたし、来週に犬を迎えようと思っておりまして。
ずっと相棒でいたコが天に還ってからなかなか、だったのですが、ふと時期がきた、と。で、名前をスワヒリ語でKanziに。
埋もれた宝、と言う意味です。
前のコは、希望の星、と言う意味でした。
わたしが辛かった時、常に側にいて愛することを教えてくれた。
これからはクライアントさんの中に眠る埋もれた宝探しを、と言う時期なのかもしれません。もちろん、希望の星と共に、
あなたに寄り添えたら、と思います。