本心に耳を傾けるのか、本心を誤魔化すのか

「しあわせの絵の具」と言う、
映画を観ました。

カナダの画家ルイス・モードの
自伝的映画となります。
 
 
奇しくも、「グレイテストショーマン」
と言う映画も上映中ですので
対比させて考えてみたいと思います。
 
今、この時期に規模は違えど
二つの映画が上映されていることに、
何やら面白いものを感じます。
 
 
本当の自分を生きた人の自伝映画と。
自己説得している映画と。
 
 
先にグレイテストショーマンを。
(無茶苦茶氣が悪いので
メイキングしか観ていませんが…)
あの映画のメイキングの
リードボーカルは
 
これが、わたしだ!
これが、わたしだ!
 
そう無理やり自分を
納得させているようにみえました。
 
なぜなら最初から目が虚ろで、
歌を歌いながらだんだん
怪しげな覚醒状態に。

 

人が本来の力を発揮する時は、
心身共に芯が入り、
意識は丹田に落ち着くので
ああいった変な興奮状態にはならないものです。
言わば、魂がふらついている状態です。

あの状態のモノが映画での
音響となってるのなら、よろしい波動では
ないと推測されます。

 
 
 
 
一方、ルイスは産まれ故郷から
ほとんど一歩もでずに、小さな自宅の窓越しに
見える世界を、そして記憶の中の絵を
好きな絵を夢中で描いています。

 

そこに至るまでの道も、
苦難の連続ですが
自分が出来る知恵と工夫と忍耐で
精一杯生き抜いていきます。

 
家政婦として転がりこんだ家で、
つい好きな絵を壁に描いてしまいます。
そこで怒られそうになると、
「家を綺麗にしろって言ったじゃない」
と、機転をきかせたりしながら。
 
一生懸命に、
苦しい時も、
ほのかな歓びの時も、
ただひたすら生き抜いて
そしてその中で夢中で絵を描き続けて、
出逢いがある。
 
無理矢理ではないのです。
これが、本当の引き寄せ。
 
だから、画家として有名になっても
本当の意味では、ブレないのです。
自分たちの本当に大切なものを知っているから。
 
一人の女性が、一人の男性と
それはそれはただ静かに生きていく映画、です。
 
 
 
また、下に貼りつけた動画に
本物のルイス夫妻が出てきますが
どちらも本当に良い顔、です。
年の審判は、誤魔化せません。
年老いて、あの表情を出来る人が
しあわせではなかったと誰が言えるのでしょうか。
 
 
そんな風に生きたモードの絵だから、
美大に通ったわけでもなく
上等な絵の具を使ったわけでもない。
けれど、絵に愛が宿っているから
惹きつけてやまない魅力がある。
 
どんな大きな宇宙も、
最初は一人の人と、その相手と、
たった二人から産まれるもの。

 

そしてその二人の間の愛が
本物の愛であれば、それは自然と
世界に広がっていくのだと思います。

ルイスの絵に宿った愛が世界に
受け入れられたように。

 
 
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