泣く日があっていい

それはいつか笑う日が来るってことだから


自分の氣持ちに正直に、


ああ、疲れたな
なんか泣けちゃう日
意味なく、しんみり


いやいやもっと深く、

もう無理だ、思うことだってある。


消えたい、理由なんてない、
ただ物心ついた頃から感じてた
自分なんて生きてる価値がない…



泣くなんて弱い
とか
疲れたなんて、甘えだ
とか
ぼんやりしてたら
暇にしたらダメ
とか
せっかく育ててもらっといて
死にたいなんて贅沢だ、
奥さんいるじゃないか、

子どもがいる
仕事がある。
家がある。
家族もいる、でも虚しい。
いや誰もいない孤独な わたし。

なんだっていい。


なんだっていい、と言うのは
そんなことを考える自分は
贅沢だ、だめだ、と思って自分を責める材料にしないでってこと。
それが自分を大切にしてないってこと。


元氣がない時まで、無理矢理何かをしようということや、浮かんだ考えを否定することが自分をコントロールすることだから。
自然をコントロールできないように、
そこはなすがままに、全てを受け入れることから、物語は始まる。
あなた自身の物語は始まるんだ。


それがどんなに悲しくネガティブな氣持ちだったとしても。
あなたが感じていること、それはあなたの一部だから。大切な一部だから。
意味があって、あなたに何かを語りかけてることだから。否定しないで。
無視しないで。


だから
価値がない、死にたい、意味がない、
消えたい、
そう思うことがあってもいい。 
ただ、こんなことを考える自分は終わってるなんて思わないで。


そう思う理由は必ずある。
それは あなたが存在する理由も意味もあるのと同じで、あなたがそう何故か強烈に感じる意味も、あなたの奥に必ず、ある。


一人で感じること、受け入れることは難しい、それは強烈でネガティブであればあるだけ尚更だと思う。
でもそれは あなただけじゃない。
誰しも人間ならそうだから。

だから、もし、今、たった一人でそんなことを感じていたとしたならば、
氣が済むまで悲しんでいい、泣いていい。
泣いたら駄目だ、泣くなんて弱いなんて思わないで。


だけど約束して。


そう思った自分を責めないで。
あなたも、そう思ったあなたも想いも悪くないのだから。

 
 
 
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