その他、憎い上司、先輩、後輩、兄弟、裏切ったあの人たち、夫、妻、元恋人、友人をゆるす、ということ。
それはどういうことかと言うと、
親を救う為でも、あの人たちを助ける為でもありません。
あなたを、あなたが、救い助ける為です。
だいたい、毒親や加害者に対し一番ハラワタが煮えくり返るのは、彼らは あなたにしたこと自体を覚えてすら いないこと。
あなたが未だに苦しみ、悲しみ、
なぜ、ただ生きていることが苦痛で、
孤独なのか。
ただ、安心したい。
そのささやかな望みが遠いのか。
これ程、苦しみ悩んでいるのに。
その原因を作った加害者の本人は忘れている。または、「あんたの為にした説」をまことしやかに唱えるか、または、毒親の都合よく美談に書き換えられるか、軽い話に作り変えられている。
「どうせ言っても無駄。」
「なにを言っても通じない。」
諦めと絶望感まで、あなたに与えながら。
だから安易に、
もう、いいじゃない。
あなた自身が親になって親の立場や苦労も分かってきただろう、
もうゆるしてやれ。
いい歳して、親に感謝出来ないの?
なんて言われたら、
それはセカンド虐待に等しい。
ただね、
残念ながら昨年亡くなられましたが
わたしの尊敬する児童精神科医の佐々木正美先生が、少年院や児童自立支援施設で働いていたご友人の方から聞いた話を聞いてください。
少年院などに戻ってこないと確信が持てる唯一の瞬間がある。
それは 子どもが親をゆるした、と
伝わってきた時だ、と。
親をゆるした少年少女たちは、非行行為などで自分自身を傷付けて、親の愛情を試したり親の過ちを氣づかせる行為をやめた、と言うことです。
親の為に自分の身体や心、人生を使うのをやめて、自分自身を主人公に自分の人生を生きることにした。
親から解放されたんです。
だから親への ゆるし、は自分のためです。あなた、のためです。
この世に一人しかいない尊い あなたのため、です。
他の人たちへの ゆるし も同じ。
あなたを苦しめた彼らの為じゃない。
あなたがその呪縛から解放されるため。
だから、すぐになんて言わない。
だいたい、ゆるす なんて一番難しい。
だから、いつかで、いい。
ゆるす、そうあなたが自然に思える時まで憎んでいい。怒っていい。逃げていい。
時に葛藤して、時に逃げて休憩して、
それはそれは無駄な苦しい長い長い時間に感じられると思うけど、でも、一つだけ。
その長い苦悶の時を経て、
あなたの心はあなたを虐げた人間よりもはるかに成長している。
あなたの魂は磨かれている。
そして、もがいた分、涙を流した分、
あなたはきっと、誰よりも優しい。
だから、
彼らには出来ないことを、あなたなら出来ると思う。
あなたがあなたのペースで
大切な 大切な この世でただ一人の大事なあなたのために、
いつか親やその他の人をゆるせますよう。
そして、しあわせになってください。
あなたがしあわせであること、
それが親への加害者への、
最大の復讐であり、
最高の親孝行なんだから。
ただし!!
ゆるしは赦し(=罪を赦す、その加害者の弱さ、怯え、愚かさを赦す)で、
許す(=様々な虐待、言動、モラハラ行為を容認する、許可する)じゃないからね。
ほかの生命の尊厳を奪う行為、言動をすることは誰であろうが許してはいけないから。