と思うならば、あの人の素直さを
見習い、なるのだ、と、
決めて行動しなさい。
あの人、にはなれません。
しかし、あの人の素直さを見習い、学び、
先人を行くあの人へ敬意を持ち、
自分も、あの人を手本に、
同じように、人に対して素直になるのだ、と覚悟を決めて、実直に努力することは可能です。
あの人みたいになれたら、出来たら、
ではなく、その部分はなるのだ、と
決めて、行動する。
だって、誰か、になることは出来ないですが、あの人の様に振る舞う態度、は学習することが可能だから、です。
素晴らしい、と思うなら、見習えば良いじゃないですか。
ただ今までしたことがないだけ。
ならば教えてくれる方に素直に頭を下げて、教えを乞い、繰り返し、やるのみ。
それは人間関係、コミニケーション、何かの勉強、洗濯、技術、歩き方から考え方、テニスやらのスポーツ、ピアノ、どんなことも変わりません。
だからコミニケーションの技術だって、
人に心を閉ざして生きてきたなら、心豊かに他人に開いた態度の人間関係の作り方を、今から学びながら実行し、失敗したら訂正し、自分なりのステップアップをしていくのみ。
これこそが自分だけのバンジージャンプです。
あの人、がいたなら、
また、それをした方がいいかもね、
と忠告やアドバイスがあったなら、
それを受けて、なるほど…
それは素敵だ、憧れちゃう、
ならば決めてください。
あの様な技術を自分もしてみよう、と。
ただ羨ましい、と指を加えて羨むのは子どものすることと変わらないですよ。
自己啓発や心理セミナーなどで、
決めたらいい、とか言いますが、
本来の決める、覚悟を持つ、とは、
あの人を手本に自分も素直に行動することを挑戦すると決める、これを指します。
ちょっとズレたセミナーや解釈では、
わたしは貢がれちゃう人、わたしお姫様、とか自分自身の在り方の前提を先ず決めちゃいなさい、なんでしょうかね。
しかしそれは冷静な外部から見たら、
単なる痛い人、です。
貢がれちゃうようになりたい、なら、
やはり上手に甘えていて、かつ、甘えられた人が、されたことで前向きな精神状態になる甘え方、をしている人の甘える技術を手本にし、その技術に磨きをかけていこう。
そしてまた、自分が、この人になら甘えたい、と尊敬出来る人を探す努力をする、と決める、ことが貢がれたい人になる為の決意でしょう。
あ、甘えと依存は似て非なるものですから、甘えは愛される人になりたいなら獲得する技術としては必須項目です。
ただし、素直、これもなかなか難解ですが、甘えも難題です。自分に真の自信がないと出来ないので…。
だから巡り巡って最初の話に戻りますが
いきなり社長やら、
有名人やら、何か業績を上げる人やら
なんでも良いけど、
それになるなら難しいなとは思います。
運も素質もあるでしょう。
でも、自分自身をあるがままに受け入れ、
成長する努力過程の中で自分自身に誇りや自信を持つこと、これは誰でも可能です。
心に傷を持ち、そういう風な勉強をしてこなかった、出来なかった人、はいます。
しかしいつからでも傷を癒し、勉強することは可能に決まっているじゃないですか。
世界中ランキングの甘え選手権ゴールドメダリストになって世界中の人に上手く甘えまくる、これはなかなか難しいですが、
自分に自信を持つ中で、自分にとって大切なあの人、の前でなら甘えることは、それは誰にでも努力次第でやれる筈だし、そう言う関係を持つことこそ生きていて良かった、と思える要素の一つなのだから。
誰しも生きていて嬉しい、温かい、そう思うことは生命としての権利です。
どうか自分にそんなチャンスを与えてあげてください。その為には怖いこともあるだろうけど勇氣をだし、努力しようよ。
(ま、それと、
なれるもの、となれないもの、
それを冷静に見極めたいものですね)



