わたしの前、またはメールなどで、
今まで感じたことのない、ざわめき
ざわざわした感じ、
落ち着きのなさ、的な何か、
を感じるクライアントさんがいます。
ざわざわする、
何か今迄とは違う、未知なる何か、
と言われたら、
それは安心出来ないことのように感じるかもしれません。
しかしそれこそ、あなたの本心からの囁き、揺らぎ、によるものです。
わたしが今までの体験からですが、
クライアントさんの本心を一番恐れているのはご本人だから。
なぜか。
自分のありのままを認める時に起こること、それは、
自分の幼児性からの肥大化した自分や、
理想像、または自分が逃げてきた課題と向き合うことになるからです。
トラウマなどにより、ずっと心を閉ざしてござるえなかった人は閉じこもっていたので経験が足りません。
経験がないため、自信がありません。
だから自信がないのを隠す為に肥大化した自己や理想像に固執しがちになるような傾向があります。
しかしプロ野球やサッカーの試合をテレビで観て評論家になることと、実際にプレーすることは違います。
本当に野球やらサッカーをするなら自ら練習し、試合に出て練習と体験を積み重ねるしかないのです。
また閉じこもってきた人は
他人にやってもらうことをしてきたので
してあげる、と言う発想がなかなか生まれにくいです。
または他者の為、と言って自分の為の言動を押し付けてしまうか。
しない、
または
押し付け、
と言うバランスの悪いことになる。
正解は、手入れをしてあげる、ということです。無視でもなく、押し付けでもなく、
相手を見極め=受け入れ、必要な部分は互いに手を入れる。
それは森林を開墾してなぎ倒すやり方でも、
都会の様に自然を無視するやり方でもなく、里山的な共生やり方です。
なぜなら里山は人の手入れ(藪を刈る、田畑(自然農)を作る等)があってこそ、生命の多様性が保たれるからです。里山から人が居なくなると生物は激減します。
人間関係も全く同じです。
無視か支配やコントロール(押し付け)ではなく、第三の道、交流を選ばなくてはいけません。
トラウマによりそれを出来ないなら、心理療法です。
セッションの中で、わたしと、またセッション中に具体的なやり方をお教えしています。
それを実際に使用して、あなたには経験がないのですから、実世界で経験を積む必要があるのです。
セッションが終了したら終わりではなく、セッション後こそ、スタートです。
なぜなら真の自立した人間関係はフィフティフィフティの上に成り立つ、
してあげる、してもらう、共生とはそう言うことですから。
最後に重要なことを言っておきます。
だからあなたは悪い、と言っているのではありません。多分、この文章を読んで責められた気分になりがちな方はそうした傾向にあるのかもしれません。
経験が足りないことは悪いことでもなんでもなく、経験値がない、だけだからです。
しかし足りない自覚があるにもかかわらず、やらないとしたら、それは故意の無視になります。自分を成長することを無視する、それは自分自身を無視することです。
果たしてそれは自分を大切にすることでしょうか。またそれは自分との約束を破ることです。果たしてそれは家族や大切な人から信頼を得られる自分への道と言えるでしょうか。
勇気を持ち、自ら行動しましょう。
今まで人に裏切られたかもしれません。
保護される時期に、親や保護者から様々な事情によりそれが得られず独りで生きてきたのかもしれません。
だからこそ、
もう自分を裏切るのはやめてください。
またあなたは見栄を捨てた自分自身を、
みっともない、やら、ダメだ、と、
だって出来ないから、
そんな風に思い込んでいるのかも知れません。
しかしそれは違います。
それこそ、一番ダメです。
そんなこと、思ってはいけません。
慣れてないだけで、
あなたがありのままで、
あなた自身を受け入れ、
懸命に努力をし生きていたなら、
こんなに素晴らしく美しい姿はないのです。結果は二の次です。
出来た人、結果を出した人より、
自分との約束から逃げない人が人生の勝者です。だってその人は命として輝いている。それこそオーラなんじゃないですか。
またそれこそ唯一無二なあなた、であり、そして人間同士の見栄の競争から抜け出した姿なのだから。
だいたい理想と思った姿とは
それこそ誰か他人のコピーなんだから
あなたじゃないじゃない。
あなた自身になって初めて、
人として美しい。
(顔やスタイルとかじゃないですよ)
それと自分の欠点とは、
長所と同じエネルギーです。
それが、あなたの個性であり才能になる宝物です。
使い方で長所=自分軸になり、あなたの生きる力になれば、自分を放棄したら悪く光る。つまりは欠点になるんです。
欠点や弱さを無視することは
あなたの個性(長所や才能の種)を無視することです。
つまりはあなた、は、
本来のあなたから逃げている、となりますよ。逃げているのは、あなた自身です。
課題から逃げているのではありません。
だって課題とはあくまで方法であり、単なるやり方です。
つまり自分自身を正面から見ることから逃げているだけです。
しかしやり方、方法は知ってるだけ、では機能しません。使って初めて機能します。また繰り返し使うことで上達します。
自ら動きなさい。
(あなたは分からない、と言うことで逃げる癖がある。わからない、ではなく、わかりたくない、なんですよ、Mさん)



