本当の自分を労わるって、こうだよね

クライアントさんから、

わたしどーしちゃったんだろう
こんな事態になったら真っ先に
駆けつけてたけど、

今は、しない、いかない、やらない
って自分をコントロール出来る。

それに、わたし、疲れてたんだなあ…

と、連絡をもらいました。

 

ですので、

これがセッションの効果の一つです。
いつもの親族の方にたびたびある問題に対し、自分が元氣になるまでは休む、と客観的に見て自分自身を大事に労わることが出来た、とは、

疲れた人は、他人の世話なんか出来ない。自分が疲れてるのに、それを無視して大丈夫って世話してたら、疲れてる自分も可哀想だし、そんな疲れた人から世話される人も満たされないでしょう?

あなたがあなたを休め元氣にした先に人の手助けをしたら、みんなが幸せになる。

それが本当に自分を労り、人を愛※で満たす行為です。

※ここでの愛は、
アガペー、または慈愛のこと。

 

そう申し上げました。

 

そうね、今迄クライアントさんは、
わたしが、いかなきゃ、やらなきゃ、しなきゃ、の強迫観念で苦しんでたよね。自分自身の心と身体を押し殺して。

 

わたしが、わたしを労わるって、
状況を客観視して、適切に休んだりして、自分も関わる人も満たされる状況を作り出すもの。

なんか、言葉ばかりを先行させるカウンセラーや自己啓発の人の言う、
ただ、ただ、わたしよく頑張ってきた
よくやってるよ、と独言たり、
スイーツ食べたり、美味しいコーヒーいれたりすることでは、ないのです。

 

これは単に欲望を満たした、
または自分自身を慰めた、
と言う自家発電行為です。
自家発電もたまには悪くないスパイスですが、労りの始まり、プレ、ですからね。
そこで終わってしまえば閉ざされた行為です。

 

本来の癒し、自己一致へと進むなら、
進みたいなら、
閉ざされたところに澱まずに、
その次へ行こうではありませんか。

 

他の方にも今日たまたま言いましたが、
人は自分の力で働いて、役に立って、
人から喜ばれること、が、基本嬉しいものです。いや、物もそうです。
使われてなんぼ、家も人が住まないと壊れやすくなっていく。
大事に使うからこそ、物は生きる。

人も生き物も同じ。
痴呆が進みそうなおばあちゃまに漬物の先生を依頼したらたちまち元氣になるように。

役割があり、役目があることは生きる上で大切な心の栄養です。
その役割を自分の精一杯、やれるように自分をきちんと労わる、が正解なのです。

 

因みに、なぜストレスが溜まるとスイーツが食べたくなるのか実は理由があります。

それを次は記事にしようかなと思います。

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