本当の気持ちは?
本当はどうしたい?
本当は何が好き?
とか自分に問え、と言う。
更にここ数年の自己啓発やスピは
どうすればもっと楽しくなる?
どうすればもっと面白くなる?
も、か。
質問自体は間違えてないのかもしれない。
あなたが本当に何がしたいのか
何が好きなのか
それはわたしも、問うからだ。
しかしわたしがセラピストとしてまだ無料でしていた駆け出しも駆け出しの頃、
そうセッションで問うても、
答えを誤魔化す人が大半だった。
いくら質問構文があっていても思考で答えを出すからズレていく。またクライアント本人も自分で答えたから自分の声(気持ち)だと思ってしまう。
これを防ぐにはどうしたら良いのか。
七転八倒して答えを出した時、グッとセッションが深くなったのを覚えている。
それぐらい、本当、は難しい。
思考を止めること、は容易くない。
次にこちらの問いだ。
どうすればもっと楽しくなる?
どうすればもっと面白くなる?
これは楽しさと面白さの勘違いだね。
ラクや怠けることや他人を利用することを、楽しい、や、面白いと思ってる。
本当の楽しさや面白さは努力や試行錯誤や乗り越えた時にやってくるもの、で、動かない人に来るものではない。
小さな掛け違いだけど、これが重なると偉い違いになる。
そして昨今特有のスマホ(と言うか検索の世界)が勘違いを更に増長してしまう。
ネット初期の検索は検索の技術が必要で、それこそ星の数から自分の知りたい、を探さないといけなかった。今は違う。
検索しているようで、Googleやマーケティングに踊らされてる。
あなたの検索データは解析され、あなたにカスタマイズされて提供されたものだ。
だからまるで似たような情報が次から次にやってきて、自分が好きなこと、周りにいないけどネットには似たような人がいる、となる。そしてオンラインサロンにでも入れば世界はそこに染まり切る。
チリも積もれば山となる。
そんな人をこの5年間で沢山見てきた。
本当に沢山見てきた。
わたしは幸せだ、わたしは成功した、とそちらに堕ちて行った先生を含め。
辛いからしばらく見ていなかった昔お世話になった先生のブログを見た。わたしがアシスタントをしていた頃の芯はなくて、今や消炭のようだった。
本の著作は複数あり、更に色々しているようだけど、でもたまたま見た飼い猫の氣は悪く、先生の目は死んでいた。
確かにホームページの写真はわたしが撮影した昔のものだから、澄んだ目をしてるけど、今の姿は…。
虚な目をして
本当の気持ちは?
本当はどうしたい?
本当は何が好き?
どうすればもっと楽しくなる?
どうすればもっと面白くなる?
って。
わたしがあなたは今幸せですか、
そう問えば、
成功したし幸せの更に上昇気流に乗った、とか言うのだろうか。
そう、きっとそう言うだろう。
頑固だから。
でもわたしには残念ながらあなたが知る頃より更に共感能力が深くなり、
あなたがつく必死の嘘も見破ってしまう。
騙されてあげたいけど、出来ない。
騙されないわたしも幸せなんだろうか、とふと思う。
騙されてる内が花、ってことは実はいっぱいあるから。大人的な忖度を含めて。
しかしわたしは他の人が感じない世界に半分片足を突っ込んで生きている。
どんなに金がありそうで、どんなに地位が高そうだろうが、どんなに実績があろうが、それとは別の部分、魂の部分のあなた、がどうか、と言うものを感じながら生きている為、一般社会と少し距離が常にあるから。
しかしこれがわたしがセッションをしている理由でもあるのかもしれない。
わたしはやはり本来の自分であって欲しいと自他共に願っている。それは生きることに一番素直で幸せなことだからだ。
だが残念ながら自分でいることには勇気と努力が欠かせない。
そこを忘れないで欲しいと思う。



