同じ波動は同じ仲間を呼ぶ

こんばんは、あらたです。

ほろ酔いです。

日本酒、赤ワイン、わたしが呑むのは
こちらがほとんどなので紅白でめでたい…かも。


それはそうと。
セミナーなどの公開セッション会場では面白い現象が見られます。

同じ心の傷が同じ同士がなんとかく連むのですな。要因がお母さんグループ、それに気付くことをすら避けているグループ、
傷を癒し先に進もうとしているグループ、
なんとなく休み時間、懇談会、などで別れていく。


特に本心に氣付きたくないグループからは、わたしは露骨に避けられるので、
あー、またか…となります。 
なんとなく悲しい、かも?
そう言う人からはわたしは驚異に見えるらしい。黙って居るだけなんだけどなあ。


まあ、でも人はそうなんだな、と。
自分と同じ場所の人を意識下で選び、連む。今年が変革って騒ぐ人がいるけど始まったのはもっと前。


氣付くこと、それはアンテナが正常かどうかが肝心で。自分のアンテナをメンテナンスしてないと正しい流れは嗅ぎつけられないです。


あなたの周りに居る人は、
あなたの写鏡。
いずれ分かるでしょう。


しかし、やるせないのは、
トラウマに囚われた人は精神的な支えや愛情の無い世界にいること。
それ以上に目の前に愛があっても、本人が避けたり、恐れ、自ら逃げようとするのが。
愛を受け入れられない。
あるのに、避ける。


やはり生き物は、呼吸然り、
食べて出す然り、互いに出し、受け入れて生きていく間(=はざま)が人間です。

生物上の分類はホモサピエンス、ヒト、
なんだけど、社会学では人間、となるように。

だから、やっぱり誰かに健全に必要とされて、誰かを健全と必要とする、
正しい親密さと、健全な所属感の狭間に役割を持って生きていくのが在るべき姿であり、幸せなんだと思う。

 
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