本当の傾聴とはクライエントに同調し、クライアントと共に体験すること②

本当の傾聴とはクライエントに同調し、クライアントと共に生を体験すること①
自己セラピー、自己ワーク、自己カウンセリングはあまり意味がない理由を述べます。自分の回路(軸)が出来ていたなら、都度日常の行為、選択は、自分でやることが勿論望ましい。ですが、先ずトラウマや人生の分岐点に対峙するのは一人では無理です(分岐...

確かに心理療法なりのテクニックはあります。自己と乖離しているあなたを、いつものように乖離する方向に行かせないよう、違う方向に向けさせる為の、ね。
しかしそれよりも心理セラピストは存在が問われます。それをプレゼンツと心理療法では表します。

あなた以上にあなたを見つめ
あなた以上にあなたを体験する

その存在(セラピスト)がいるから、
技法(テクニック)が初めて有効になのです。


テクニック <   セラピストの人間性
が大切です。

また寄り添う際、心理学的よもやま話なものは使いません。
よくいる、心理大好き、心の学びが好きだからカウンセラーになりました的な人がセッションで話を聞く時、
悩みは親子関係ならばこうなのかもしれない、え、夫婦関係かなあ、どっちだろう、やっぱりお母さんとの関係かな、
いやいや、それなら、
わたしならこうするのに…

え、そうなんだ、可哀想だなあ、 
あ、今ならわたしのワークかかるかも?

などと自分中心に思考を働かせて忙しいので本当のとろこあなたの話を聞いてません。いや、聞けていません。
習った手法を使用だから呼びかけのセリフなどは同じです。(なので受けた人は、あ、また同じ始まり方だ、と感じた、とか言われることもあります)

しかし本当の傾聴はクライアントとセラピストの共同作業なのですが、こう言う人のセッションはカウンセラーもクライアントも自分の思考に閉じ篭もっただからどんどんズレていきます。

クライアントの世界とセラピストの世界が重なり響き合う為には、セラピストが先ず場を作り、心を開き、クライアントと言う自分とは違う他者に同調共鳴をする必要があるから、です。
これが出来たらプレゼンツな存在。
あなたの今への生きる証人となれます。

 

またクライアントはセラピストと言う第三者が居ることで新たに生きる決意を表明を強行なものにすることが可能になります。
その宣言や過程(生き様)に対して、セラピストが生きている存在として証人となるからです。これが受容の意味です。
更にこれを繰り返すことが、クライアント自身も自分を受容する体験になり、またセラピストと言う他者からの受容体験へと繋がります。

これが傾聴です。

 

つまり本当の傾聴は、
聴く側が、自己を保ちながらも、
あなたになっている、状態です。

それが心理セラピストが存在している意味です。
この全身で聴く、から、
本当のあなた、が現れてくる。

 

わたしは共鳴同調タイプなので、
あなたの身体の中で起こることが身を持ってあなた以上に感じるから、

あなたの胸にある、それは何?
と促します。
その状態こそ、傾聴です。

わたしはあなたであり、あなたはわたし、です。その時、わたしはわたしと言う小さな枠を超えた状態です。そこに小さくわたしを閉じ込めたわたしは存在しません。
そうなると、あなた(クライアント)も同じ領域にたどり着くので、あなたもあなたをメタ認知出来る。
そう、心理セラピストはツアーコンダクターと同じです。深い真の傾聴になると潜在意識の声を聴くことが可能になります。

セラピストの人間性と心の開きぐらいがその深さを決めることになるのです。

 

クライエントが言語化出来る相談内容をいじくりまわしても意味がない。そこは潜在意識ではなく顕在意識の領域だから。またそれはあなたの3%から5%にすぎないのだから。
そこはあなたがいつも悩んでいる領域の範囲でしかない。そこから離れて、あなたが忘れてしまったあなた一人では分からない何か、そこに行くのだから。そこの声が聴こえて初めて心理療法の始まりです。
だから傾聴はその始まり。

 

だからセッションの際、
わたしが感じるクライアントさんは
胸に重い思いがあり、
それが無視されているが故に生きづらいあなた、がいて、あなたの中にある想いが気づかれたく必死になっている
二重にもがく、あなた、がいる

そこに女だ男だ、年齢だ、国籍だ、会社員、だ、主婦だ、の属性は一切関係ない。
剥き出しの魂があるだけ、なのです。

 

だからもし導きを促進させる言語による呼びかけの問題をクリアしたら全く知らない言語を母国語にするクライエントでも心理療法は可能だと感じています。
言語に関係なくそもそも相談内容を聞かなくても出来るものだから。
言葉のテクニックなんてその程度のもの。
これを読んで意味がわからないなら、あなたにカウンセラーを名乗る資格はない。
どんな手法であろうがこれがベースだから。

 

故に(言語上だけ)否定しないで話を聞くことが傾聴ではありません。

 

あなた以上にあなたを感じる人が、その思いを聴いてくれる、耳だけでなく身体全てを使って聴く、感じることで積もり積もった重しは初めて満足し、あなたを生きづらくしてきた重りから、あなたの生きる力になる。 

日常だって感じられますよ。
考えてみてください。

もしあなたがお母さんなら、
散々子どもの世話をしてきて、
母の日にお母さん、ありがとう
照れ臭くてなかなか言えないけど
いつもお弁当美味しいです

そんな風に言われたら?

 

会社員でいつも叱る上司にふと、
でも鈴木さんが朝、一人でみんなの机を拭いていること知ってる。
あなたのそうした気遣いは数字だけ見栄えが良い奴より、10年後にはクライアントに信頼される奴になれる。
成績が上がる速度に騙されるな、俺はちゃんと見てるぞ

そんな風に言われたら?

 

奥さんから
わたしいつもガミガミ言ってしまうけど、
あなたがそうやって働いてくれて疲れていても、息子と公園に行くの、わたしを気遣ってくれてるの知ってる
あなたが居てくれてありがとう

そう認めてくれたら?

 

あなたのモヤモヤした気持ちは
肉体的に疲れていてもヤル気に変わりませんか?

それのもっと深いトラウマも原理は同じです。あなたのことを、あなた以上に見て、感じて、わかってくれた人がいた、
だから、
あなたは悦びを感じられると言うことを。

だからセッションがあるのです、あなたの側にセラピストが居る意味があります。
自己ワーク、本でテクニックを、は無理であり、また聴き手は選ばないと意味はないのだ、と言うことを。


わたしも傾聴の本質が何か、それを分かり出したのはセラピストになって2年ほど経ってからです。
その時に、セッション内で、どうしたらこの人の本質を引き出せるか、きっと悩んだ時に傾聴することに集中してみた。

そのクライエントさんが見栄を一番脱いだまっさらな状態になった。
それを見て感じたんです。

ああ、これが傾聴の本質なんだ、と。

 

セッションとは、
その人が生きてきた過程で体験出来なかったこと、それを生きた人間同士が(クライエントとセラピスト)行う共同作業です。
だからセッション、とわたしは言うのです。ジャズのように、クライエントとわたしが響き合うリズムを奏でた先に、クライエントの本来の歌を引き出したいから。

生きた人間を相手にして、初めて人は癒しを得られる。それは他者に認めてもらう体験こそが、トラウマの癒しを経て、人に心を開く体験過程だから、です。
生きた人間と言う相手が居なくては真の体験には至らない。

今まで他者から受け入れてもらえなかったなら受け入れてもらうこと。
信じてもらえなかったら信じてもらうこと、人といて安全を感じたことがないなら安心を感じる実体験をして、始めて心理療法が発動しているのだと言うことを忘れないでください。

 

そして一番大切なこと。

安全安心をうたうカウンセラーは多いのかもしれません。
しかしもしその人のカウンセリングにて、本当にあなたが安心したかどうかは、
あなたの心の声へといけたかどうか、
が判断材料です。

あなたが知らなかったあなた、に、
そのカウンセリングで出逢えたでしょうか。
乖離が長い人、自分が遠い人は、
安全も、自分の本当の声も、
最初はピン、と来ないかもしれません。

しかし本当の安全も声もじわじわと、沁みるようなモノだと。セッションした人でも半年や一年ぐらいかかる方もいます。
ですがそこを是非じっくりと思い返してみましょう。

 

セッションで知らないあなた、に会えたとして、それはどんなものだったでしょう。
何かうまく言えないけど違和感を感じたら注意です。

本当の自分へ近づく時は、
かなりドキドキするものですよ。
それが本当のワクワクかもしれませんね。

 

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