この風景に一体何色の色があるでしょう。

緑と濃いピンク?
あと茶色と空の水色?
しかし、この風景を豊かにしているのは、
木々の緑の種別、葉の個性、の
それぞれに違う複数の多彩な色が共演し合うグラデーションの為せる技。
あと茶色と空の水色?
しかし、この風景を豊かにしているのは、
木々の緑の種別、葉の個性、の
それぞれに違う複数の多彩な色が共演し合うグラデーションの為せる技。
(話は全く変わりますが、日光東照宮陽明門はたった7色のみで作られています。匠の配色の技であたかも複数の色があるようでない世界。)

例え同じクローバーの花だとしても、
あの濃い色の花が目立つからと全ての花が同じ色になったら、この豊かな風景は消えつまらない奥行きのない世界になるでしょう。
色が白っぽいクローバーの花が濃い色を華やかに彩り、また濃いピンクのクローバーが白っぽいクローバーを際立たせる。
互いが互いを尊重する世界は、
このように成り立っている。
雨の日は、
雨音と雨の滴り落ちる様、
緑が艶々とし、
また空氣を雨が洗い上げていきます。
ピクニックをするなら晴れが良さげですが、傘を差して静寂で、雨のビートを聴きながら そんな世界を感じるのもまた乙なもの。
晴れもよし、曇りもよし、雨、またよし。
自然もさることながら
あなた、も またそう。
怒る あなた
泣く あなた
笑う あなた
淋しい あなた
喜ぶ あなた
それぞれが愛おしい。
また
怒る 目の前の人
泣く 目の前の人
笑う 目の前の人
淋しい 目の前の人
喜ぶ 誰か
それもまた、
慈しまれる姿だということ。
例えば、
全てが仮に100パーセントのピュアや純粋、清らであること、が素晴らしいかと言うとそうではない訳です。
そう、それは一見素晴らしいように感じます。光しかない輝ける世界のような。
あの濃い色の花が目立つからと全ての花が同じ色になったら、この豊かな風景は消えつまらない奥行きのない世界になるでしょう。
色が白っぽいクローバーの花が濃い色を華やかに彩り、また濃いピンクのクローバーが白っぽいクローバーを際立たせる。
互いが互いを尊重する世界は、
このように成り立っている。
雨の日は、
雨音と雨の滴り落ちる様、
緑が艶々とし、
また空氣を雨が洗い上げていきます。
ピクニックをするなら晴れが良さげですが、傘を差して静寂で、雨のビートを聴きながら そんな世界を感じるのもまた乙なもの。
晴れもよし、曇りもよし、雨、またよし。
自然もさることながら
あなた、も またそう。
怒る あなた
泣く あなた
笑う あなた
淋しい あなた
喜ぶ あなた
それぞれが愛おしい。
また
怒る 目の前の人
泣く 目の前の人
笑う 目の前の人
淋しい 目の前の人
喜ぶ 誰か
それもまた、
慈しまれる姿だということ。
例えば、
全てが仮に100パーセントのピュアや純粋、清らであること、が素晴らしいかと言うとそうではない訳です。
そう、それは一見素晴らしいように感じます。光しかない輝ける世界のような。
そしてスピリチャルに憧れるタイプの方は、そんな勘違いをされていることが多いかもしれない。
しかしゼロポイントである”空”から見渡せば、陽(純粋やら善やら清らかやら、のグループも内在している)も極めれば空からは遠のくだけのこと。
距離を感じれば、それは対極の極悪と同じだけ空(中心地点)からは離れている。
しかしゼロポイントである”空”から見渡せば、陽(純粋やら善やら清らかやら、のグループも内在している)も極めれば空からは遠のくだけのこと。
距離を感じれば、それは対極の極悪と同じだけ空(中心地点)からは離れている。

しかし本来、
人はゼロポイントにいるのが望ましい。
変容、変換を起こすこと、は
ゼロポイントでしか成し得ません。
けれど、人は誰しもブレるものです。
その時にプラス(仮に善とする)に極端に引きずられたとしたら、ゼロに戻る力はマイナス(仮に悪とする)の力が必要です。
それが物理の法則です。
行く力があれば、戻る力もある、
共に動いて始めて” 動き”が起こるもの。
ですから、プラス(仮に善)もマイナス(仮に悪)も、どちらをも内在させることこそ生命体=動きあるもの、として必須である、と言うことなのです。
つまり、あなたの中に、
どんな清らかな種も、どんな悪な種もある。
誰しもの中にある。
それを認めなくては。
自分の中にそれを認めることが出来たなら、今ある世間の芸能人の不倫から、犯人への過剰過ぎる批判、ネット叩きや炎上現象は起こらない。
だって僅かな種は自分の中にも あり得る可能性があるから。
そして、犯人の人の中にも僅かながらの夢や希望や優しさがある。
それはナチスの将校も、家に帰れば花と娘を愛する父親がほとんどだったように。
そして そもそも、
どんな自分であろうが否定することは、
自分の一部を否定 及び 無視していること。
それは自分を愛していることでしょうか。
また先ほども言いましたが、左右両方の力がなければゼロポイントへ戻る力がない、すなわち、あなたは変容へのチャンスを失ってしまう。
また視点を更に上昇して社会全体で見れば同じことなのです。
否定、否定、禁止、禁止の今の日本はまさに硬直した社会です。〇〇ハラスメントから罰則、あれは駄目だ、これは酷いから罰則規定をもうけよう、禁止、禁止、除菌、除菌、除菌。
いじめに繋がるから、
エンガチョやあだ名は禁止。
いじめはなくなりましたか?
声高に虐待する親を断罪して、
減りましたか?
働き過ぎは良くない。
禁止禁止の働き方改革で、
こりゃ楽になった!?
仕事が楽しい!!となりましたか?
隠れ残業や、副職で総体的に厳しくなったり将来の不安が増えたのではないでしょうか。
故に どんなに調和がとれた社会になれど、悪はなくなりません。しかし総体的に悪いものの割合を目立たなくなる社会、より良く生きる人が生き生きする社会を目指すことは出来ます。
それを教えてくれた写真家がいます。

世界中を120以上旅をして写真におさめています。
その中に、予防注射をいつも以上に打っていったけれど必要なかった場所がありました。それは蚊の数が通常の何万倍もいる湿地帯なのに、蚊を食べる天敵も同じように無限にいるので刺されない世界でした。
蚊が悪い訳でなく、また蚊の数の問題ではく、バランスの問題だと言うことです。
その中に、予防注射をいつも以上に打っていったけれど必要なかった場所がありました。それは蚊の数が通常の何万倍もいる湿地帯なのに、蚊を食べる天敵も同じように無限にいるので刺されない世界でした。
蚊が悪い訳でなく、また蚊の数の問題ではく、バランスの問題だと言うことです。
バランスと多様性を受け入れる拡がりがある世界と言ってもいい。
そこは人びとは湖の上に家を建て、柱と屋根のみの家にハンモックで寝る。湖上の風が心地よく、壁がないから夜寝ていると野生の鳥が隣で寝ていることもある、そんな場所です。
野生動物は居心地が良い場所を見つける天才です。居心地が良く、人が受け入れてくれるから、そこで一緒に居る。
(わたしはそこに住みたいです)
そこの調和が とれたなら、種の数、量共に無限大のボリュームになり、それらが支え合い、食べられ、食べる巡り行く世界へとなります。様々なものが、そのままに受け入れられる世界だからです。
それが調和と愛が対を成す世界であり、右脳と左脳がバランスよく働く世界です。
そこは人びとは湖の上に家を建て、柱と屋根のみの家にハンモックで寝る。湖上の風が心地よく、壁がないから夜寝ていると野生の鳥が隣で寝ていることもある、そんな場所です。
野生動物は居心地が良い場所を見つける天才です。居心地が良く、人が受け入れてくれるから、そこで一緒に居る。
(わたしはそこに住みたいです)
そこの調和が とれたなら、種の数、量共に無限大のボリュームになり、それらが支え合い、食べられ、食べる巡り行く世界へとなります。様々なものが、そのままに受け入れられる世界だからです。
それが調和と愛が対を成す世界であり、右脳と左脳がバランスよく働く世界です。
また悪い競争や争いがない世界です。
都会の寝ている部屋に蚊が一匹侵入したなら、悪、悪いこと、殺虫剤、なのは調和がとれていないからで、蚊=悪、ではないのです。
それはあなたの中にある、あなたが嫌いだ、イヤだ、としてしまう部分も同じこと。いやだ、ダメだと否定したり、消そうとしたり無視することは、あなたの中の多様性と豊かさを消す、今の日本社会のような状態にするだけです。硬直した動きのない、つまり死んだ社会、です。
(先進国はみなそうですね…)
もちろん わたしは日本も、世界も、豊かな動きある世の中になって欲しい。
都会の寝ている部屋に蚊が一匹侵入したなら、悪、悪いこと、殺虫剤、なのは調和がとれていないからで、蚊=悪、ではないのです。
それはあなたの中にある、あなたが嫌いだ、イヤだ、としてしまう部分も同じこと。いやだ、ダメだと否定したり、消そうとしたり無視することは、あなたの中の多様性と豊かさを消す、今の日本社会のような状態にするだけです。硬直した動きのない、つまり死んだ社会、です。
(先進国はみなそうですね…)
もちろん わたしは日本も、世界も、豊かな動きある世の中になって欲しい。
その為には、あなたの協力が必要です。
だから、あなたの内面を否定したり無視したりしないでください。豊かな内面を持つ人こそ、他者や多種類の生命を受け入れられる人だからです。またその割合がバランスよく増えること、それが社会を変えるからです。政治や反対運動なんかでは根本はなかなか変わりません。
だって反対運動、ですから。
政治も反対、批判、の応酬でしょう?
だから、
あなたがあなたを受け入れること、それは小さな様で、最初の一歩の様で、実は勇氣の一歩であり、無限の可能性を秘めていると言うことです。
始めていきましょう。
あなたの子どもの為に、
あなたの親の為に、
生きとし生ける全てのものの為に。
そして、何より あなたの為に。
だから、あなたの内面を否定したり無視したりしないでください。豊かな内面を持つ人こそ、他者や多種類の生命を受け入れられる人だからです。またその割合がバランスよく増えること、それが社会を変えるからです。政治や反対運動なんかでは根本はなかなか変わりません。
だって反対運動、ですから。
政治も反対、批判、の応酬でしょう?
だから、
あなたがあなたを受け入れること、それは小さな様で、最初の一歩の様で、実は勇氣の一歩であり、無限の可能性を秘めていると言うことです。
始めていきましょう。
あなたの子どもの為に、
あなたの親の為に、
生きとし生ける全てのものの為に。
そして、何より あなたの為に。



