あらたのセッションに関して感想、その後のクライアントさん

本来の”生きる力” とは

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先日、自己回帰のクライアントさんと久しぶりに話をしたのですが、声を聞いた瞬間 ⁈誰や、と。(自分で掛けたコールで自分でびっくりしてどうする…)


ああ、そうか。
わざと声を男勝りにして、
だみ声的な低い声に言葉遣いも

そうなんっすよねー
的な話し方をして本来の自分から遠ざかるように自らしていた方だった、と話していて思い出しました。


今は話し方も優しく、声音も2オクターブぐらい違ってました。柔らかな女性らしい声で。本来のこの人はこんな声色で、それをこの一年半、自分の道を進むことで取り戻したんだな、なんて聴いていて軽やかで優しい声なんだろう、と聞き惚れてしまいました。


そして今、生きてるのが楽しい、と。
何かある訳ではなくとも、つい歩きながら道行く人に微笑みたくなる、と。

微笑んだら良いですよ、わたしは良くしてますから是非あなたも、と伝えつつ、
以前の口ぐせもちょっと出てたから、
それはどうかな、と言ったら、

今はわかる、前は分からなかったけど
あらたさんの言っていたことが今は理解できるようになった、と。


良かった、良かった。
(受けた方のそうそう、が、聴こえてくるようだ……でも仕方ないのだ。わたしはクライアントさんの先を観てるから)


そんな状態だと引き寄せも起こる訳で、
その方は一つの仕事中、あと少し働く時間を増やしたいなあ、と思っていたらその仕事で訪れた会場で、ニ年ぶりに偶然顔見知りに出会い、その場でその人から仕事にスカウトされたそうです。


ただしこれは、その方は仕事を自分でも ちゃんと探していて、他で落ちたりしても深刻に落ち込まずに前向きな姿勢でいることで起こったこと。(セッション前の クライアントさんなら、ああ!だから わたしはダメなんだ、働けない、こんなダメな自分は働く資格なんかないんだ、と落ち込んで自分責めをしてたでしょう。

今は、ここは落ちたけど、それは人生の終わりではないし、わたしの価値を否定するものでもない、次にチャレンジ、とレジリエンス力を身につけられたと言うこと。
職場での意地悪な人も相手にしないでかわすことが出来るようになったと言ってましたし。)

これが生きる力を得たことになります。

あなたに、生きる力を
あなたに、生きる力を。あなたに、生きる希望を。あなたに、再び、自ら歩み出す勇氣を。心のお稽古教室なんか、いらない。それは あなたの周りに、あるから。あなたは現実の社会を、周りに居る、家族と、友人と仕事をする人と、生きてる。そここそ、心の稽古...
 
他の方で。

今迄の時間は経験はわたしにとって必要な時間で、ものでした。

印象的な言葉でした。そもそも自己肯定ってこういうことだよな、と。


セッション後、全く未知の土地で未経験の仕事を始め濃い年月を過ごして、今年また久しぶりに単発のセッションを受けて更に自己を実現しつつある方からの言葉でした。
またセッション前に、わだかまりがあった家族と物理的距離は離れたけれど、自分の内面の成長に伴い、更に家族との心の距離は近づいた、とも言っていました。


これらの方々は40代、50代の方の出来事。自らが真摯に努力し、自己の本来の望み(それは欲望ではなく、また浮ついた綺麗事の愛の世界だの、ではありません)を、

自分にとって、
そして周りの方にとって、 
望ましいと考える世界。

そしてその様な世界へ向かうよう、
あなたが提示、提案、実行、
しつつある過程での出来事。

過程だから人生終わるまで歩みを止めたらだめです。


常に自己に問いたださねば。

わたしは “わたしである” か、と。
そして、”そうあるべく行動しているか” と。
だって あなたの使命なんだから、命尽きるその時までやり遂げないと。


例えば、その真の望みが「自由」であるならば、自らの自由だけでなく、他者の自由、を認め受け入れねばなりません。
またきちんとした自由の理解が必要です。
好き勝手にすることが自由ではありません。自由には同じ力量の責任が伴います。

それを あなたが実行し、他の人の自由も守ること、をしてきたか、しているか、
ということです。


自己回帰セッションではそうした自分の望み、叶えたい世界を言語化し、具体的に自分の生活に落とし込める方法を教えてします。それは あなただけのアプローチです。(だから わたしはセミナーなどを受講しただけでは人は変わらないと思ってます)
どうかそれを、あなたが生きる場所で活かしてください。



この前、河合隼雄の本を読んでいてこんな文を見つけました。

子どもをどうやって良い子にしたら、
どこかにそんな場所がありますか?
いくら出してもいい。

ありますよ、しかもタダで。
それはあなたの家庭です。
家庭こそ、大切な場所です。

と言ったニュアンスでした。

わたしもそう思います。
 

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