ま、いっか
次にやればいいか
明日から、
またでいいや
わたしは無理だから、いいや
そうした日常の小さな自分との約束
(ルーティーンとも言う)
または
面倒だなぁって流しちゃう
それ、なんだから
出来ない頃になって、
ふと
あれをやっていたなら…
続けていたなら…
始めてたら…
って思うんだから。
わたしは幸せな人生とは
後悔しない人生だと思います。
苦労しない人生でもなく、
失敗しない人生でもなく、
物事が仮に未完であろうが、
自分は自分でやり切ったな、と振り返って自分自身を誇れること、が、幸せでしょう。
夜中にふと襲ってくる後悔があるとしたなら、それはあなたが出来るのに(成功するか、ではなく、チャレンジすることが出来ると言う、出来る)やらなかったこと、なのだから。
チャレンジしなければ、
経験は出来ず
経験値を地道に積み上げなければ
成長はなく、
成長がなければ真の自信は産まれません。
自信がなければ、
自分への誇りは生まれない。
つまり自尊心は育ちません。
自分に自尊心がなければ、
他者を本気で尊重することは出来ません。
自尊心があるならば、
他人の幸せを、
やっと心から祈れることでしょう。
自尊心を持って生きること、
それがこそ、自分のあるがまま生きることだし、他者のあるがままを受け入れる一歩です。
故に、
幸せは自分でやる責任が自分にあります。
他者は幸せにはしてくれません。
繰り返しますが、
自分で行動し、経験値(失敗も成功も)を積み、成長しなければ、
幸せを感じることが出来ないから、です。
その為に、わたしは何度でも言います。
自らの足で歩きましょう。
わたしは同じことを何度でも言うしか出来ないのです。
たとえ、あなたのことをあなた以上に想っていたとしても。
期待をせず、ただあなたがいつか分かってくれることを願って信じて待つしか、出来ないのです。
なぜなら主役はあなた、なんだから、
あなたの人生の主役はあなたなんですから。
なお、あなたはいつも〇〇さんが、
△さんが、と言っているのに気づいていますか。
違いますよ、わたしが〜
と物事を捉える時に自分を主語にしてください。
そうしなければ責任をとらなくてすむ子どものままです。
自分自身の責任は負わねばなりません。
他者に背負わせてはいけない。
それぞれがそれぞれの責任を背負うなら
誰も倒れたりしない。
それこそが平等の世と言うものです。
勘違いしないで欲しいのは、
あの人の方が軽い、楽だ、とうらやんだり、比べたりして、責任を均等に割り振ることではありません(ですが、今の日本の特に教育現場はこれですね)
それぞれがそれぞれに似合った責務を負う、これが真の公平な世の中です。
自信がないのは自ら責任を負った経験がないから、です。
ならば経験を重ねなさい。
あなたがその経験を重ねた暁に、
きっとわたしはそちらに行きますよ。
あなたの生きた大地に挨拶をしに。
今はまだ行かれません。
まだ生きてない、
生ききってないでしょう。
さあ、やってください。
そしてメールしたように、
今を大切になさい。
今、の積み重ねが人生なのだから。



