しあわせの一つの指針、それは罪悪感が感謝へとなること

人や命は必ず誰かに支えてもらって生きています。一人で生きている人はいません。

例え無人島で生きていても、もし、そこに行くまでに持ち物としてあった服や道具を活用していたならば、それを作り出してくれた人、運搬してくれた人、小売業の人、の世話の恩恵を受け続けています。

またその原材料になってくれた物資たちの恩恵を受けている。
空氣に、水に太陽に、微生物に魚に小動物、草木、花、大地…キリがありません。
またあなたの命を産んだ人も、いる。

命は支えられて生きている。

だから他人や自分をジャッジすること、は
それを忘れた時に心を蝕む病です。

あなたがもし、本当に誰かを何かを支えられていることに心から感謝をし、またあなたが誰かを何かを心から支えているならば、罪悪感よりも感謝が湧き出るから。

それがしあわせの一つであり、生きる意味の一つであり、自分の存在の肯定であり、また他者の肯定への礎。
そうしたら先に自らの存在に対しての誇りが生まれてくる筈です。

だから、支えられて生きている
そう氣づくこと、
それこそ他者を認め始めたこと、
孤独からの脱却の始まりでもあるのです。

だから、しあわせな人は、
罪悪感や、自他共に裁くこと、
また他者との比較などを錬成するのではなく、感謝を錬金出来る人とも言えます。



あなたはどうでしょうか。
あなたの心を占めるもの、
それはなんでしょうか。

 

今日一日を振り返って、
どちらが多く去来しましたか。
感謝でしょうか。
それとも比較や罪悪感だったでしょうか。

ただ言っておきますが、
全てが光のみの人はいません。
闇のみの人がいないように…。 

だから比率です。

だから、あの人は…いやだー
と一回でも思ったら=悪い人、
ではありませんからね。

あなたの心に湧き上がる感情の自然の割合はどうでしょう、と言うことです。
感謝をしろ、と自分に強要したりすることはコントロールになります。
それは嘘だから。
自分の真心に対しての、嘘。

嘘はいけません、
感情を誤魔化すことは自分自身に近づくことではありません。

 
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