つい人間関係とか起こってもないことを妄想しちゃう、あなたへ

生きる、そして命について
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実は妄想とは、
コントロールの一種と言える。

と言うか、コントロールの種、
という方が相応しい。

だから、
しない方が あなたが楽になる。


なぜなら空想や妄想が起こるのは
心の扉が閉まっているから。

 

外が見えない、
わからない、
だから妄想せざるえない。

 

そうすると心が更に頑なになり、
結果もっと硬くなる。

それは苦しいじゃない?

 

で、心が固くなると”からだ”も硬くなるんだよ。からだが固くなると、心もますます固くなってまた、からだも固く閉じこもる
そんな悪循環を選択してしまう。

 

固い、からねぇ、失敗が怖くなるよね。
失敗は、つまずくことだから、
柔軟な心身なら上手く転んだり、避けたり、出来るけど、固いから大怪我したり、倒れたら壊れたり割れてしまうんだもの。
怖い、となりやすくなるわけだ。
自分の身を守るために。

 

でね、妄想と感情に浸るって
なんか似た感じだと思う?
心を閉ざした人はこの区別がつかない。

 

違いはどこか。

 

妄想と仲良くなるとね、妄想は大きく大きく成長して あなたを飲み込んでいく。
完全に飲み込まれたら状態が自己暗示、つまりはその妄想に先ずは自分がコントロール、支配下に置かれるのさ。
で、自分が妄想の支配下におかれるから他人もそうしたくなる。
コントロールしたくなる。
柔らかく言えば言うことを聞いて欲しい。

 

けれど感情と仲良くなるとね、感情は味方になってくれるから、自分以外にも目が行くようになる。
だから、あなたは解放され、自由になるから、他人をも解放し自由にしたくなる。

 

感情も妄想もあなたから出てくるものだけど、妄想とは独りよがりに錬成されるもの、感情を味わうとは、あるがままの自分を見つめること。

妄想はあなたを溺れさせ、あなたを飲み込むもの、しかし感情は、どんな感情でも、あなたに勇氣と生きる意味を与えてくれるもの。

 

しかしごっちゃになる人が多い。

妄想を感情だと勘違いして、
その行為を止めない。そこに自らを投げ出し、更に妄想を作り続けることを、する。

止めるって、やるより難しいこともある。

そして、やるって小さなことを続けることこそ、難しい。
でもやる価値はある。
小さな水滴は万年かけて鍾乳洞を作り出す。それと同じ。

 

だから出ておいでよ、
あなたの妄想から。

もし出てくるのに怖さを感じるならね、
それは、妄想が自分の世界を壊される、
そう思ってあなたを引き留めてるからさ。

 

でも出ておいでよ、
あなたの妄想から。

 

だって世界は案外広いし、
だって世界は暖かいし、
だってあなたはそこから出たら、
人と本当の意味で交流出来るから。

そして出ておいでよ、あなたの妄想から。

なぜなら妄想は虚無で、感情は真実だからさ。
本物には敵わないんだよ、例え悲しみであろうがさ。
本物も悲しみには人生の意味があるのだから。

本物の触れ合いの中の、喜びも、楽しみも、時に悲しみも、怒りも、愛しさも、それには重量がある。その経験そのものが、あなたを形作る。


だから わたしは 
あなたにそれを味わって欲しいと思う。

例え悲しみや寂しさ、であったとしても向き合って欲しいと思う。

なぜならそれが生きるってことだから。
あなたがあなたの人生を味わうってことだから。