セレンディピティ、
たまに耳にしたりしませんか。
セレンディピティとは、
素敵な偶然に出会ったり、予想外のものを発見すること。また、何かを探しているときに、探しているものとは別の価値があるものを偶然見つけること。平たく言うと、ふとした偶然をきっかけに、幸運をつかみ取ることである(ウィキペディアより)
もともとイギリス人作家の
ホレス ウォルポールが提唱した言葉ですが
ふとした発見から本来は探していなかった(それ以上の価値を持った)宝物を発見する物語
『セレンディップの3人の王子』から思いついたのだとか。
セレンディップとはスリランカの昔の名称だそうで。三人の王子が旅した舞台が
セレンディップ、スリランカなんです。
スリランカと言えば
北海道ぐらいの大きさの島ですが、
ダイアナ妃の指輪ブルーサファイアが
有名なようにダイヤモンドと
エメラルド以外の宝石が採れるという
まさにアラビアンナイトに出てくる夢の島のよう。
わたしは3月にたまたまふと、パンフレットで見かけて
今まで考えたことのなかったスリランカの旅を思い立ち、行けることになりまして。
そしてたまたまセレンディピティの語源を知りました。
今まで言葉は知っていたけど
スリランカの言葉とは全く知りませんでした。
調べてみるとスリランカは鰹節をカレーに使うなど
日本と親近感があるなあ、とはおぼろげに思ってはいましたが。
それ以上にスリランカ建国の父、
と言われている元大統領ジュニウス・リチャード・ジャヤワルダナ師は戦後日本が分割統治されそうになったところを救う演説をしてくれたのだそうです。
分割されていたら…。
本当に、ありがたいことです。
そんな感謝の氣持ちも込めてスリランカに訪問出来たらと思っています。
それをジャヤワルダナ師がしてくれたのも、演説前にたまたま寄った鎌倉の円覚寺で
僧侶との出逢いから日本の文化は素晴らしいと感じていただけたようで。
うん、セレンディピティだよなあ。
今は軽い感じでラッキーなことや出逢いがあると使われちゃうような感じになっていますが
語源を知ってそうじゃないなあ、と改めて感じ入りました。
なぜなら旅をしていた三人の王子が大切にしていたこと、
それは知恵と勇氣、なんです。この二つは人生を輝かせるのに
とても大切なものだと今、年を重ねて改めて思います。
昔は、青臭い言葉だと思っていたけれど。
知識ではない、知恵。
知恵とは自ら試行錯誤しながら知力を使って恵みをもたらす行為。
勇氣は氣づきを実行する為に自分を奮い立たせるとても大切で不可欠な氣持ちです。
知恵で思いついたこと、
人に言ってもらったこと、
ふとしたきっかけでわかったこと、
それはすべて、
実行しなければなんの意味も持ちません。
つまり知恵と勇氣とは
「氣づき、実行する、」
ということなんだと思います。
人生とは、きっとそれの繰り返しです。
それをし続けたられた人だけが
人生を充実し、自らを生き切ったと言えるのだと思うのです。
だから”氣づき”はとてもとても重要で、価値があることです。
もしも氣づきをもたらしてくれる人が
あなたにいたとするならば、
誠意をもって、感謝をしてください。
そして、セレンディピティの真骨頂は
単に偶然から生まれた新たな発見以上に、
探していたものとは違う宝物の発見即ち今まで価値がないと思っていた、
または
あって当然、してもらって当然と思っていたことに
実は本当の愛や信頼があったのだ、と再認識することかと思います、
そう、一人暮らしを始めて、初めて
母親のありがたみがわかるような…
6月前半、スリランカに参ります。
わたしにとってスリ(光る)ランカ(島)は
きっとセレンディピティな旅となるでしょう。
行ける状況にすべてに感謝を。
後日談:スリランカでの氣づきはこちら↓



