わたし知ってる、わたし分かってる、とつい知ったかぶりをしてしまう あなたへ

生き辛さから脱出する為の提案
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この春から大学生になったのですが
今年は春先まで、心理セラピスト、かなり頻度高く子どもを叱る、の巻、でした。
一応メンタルに携わる仕事をしてるので怒りはしない、が、叱りますよ。
親で、心理セラピストなんで。
かなりがっちり。

なぜ叱ったか、本人の自分の進みたい道を怠けていたから、です。
正直わたしはどの道でも良いのです。
子どもが本当の友だちが出来る、本人に合った気風の学校に行けたなら。
大学の費用も行きたいなら、と積み立ててきましたが、勉強が向いてないなら行かなくていい。
好きな道に行くのがいい。
あの子の人生で数人でも本当の友だちが居てくれて、
笑い合い、慰めあう人が居てくれたら、それでいい。
それであるならば何になろうが、どう生きようが構わない。

しかし怠けとる訳です。
どうせ、とか、ちょいと力抜いてもま、いっか、とか。
その結果、後悔するのは本人だから。
別に究極目標の学校に受からなくてもよいのです、ただし本人が全力でし尽くしたなら。
その生き様が財産になるから。
だって学生なんかたかが22年+(ドクターとかね)じゃないですか。
70歳まで生きて70一22=48年。
学歴やらありますけど、生き様が幅を利かせる方が長いのよ、偏差値よりさ。
まあ、青春の時は大切な経験だから、より輝く場所に若い子はみんな行って欲しいよね、
輝く場所は、その人に合う場所ってことね。
偏差値なんて一部の数字で人間の何が分かるのよ、アホらしい。

偏差値を気にする人ってこんなことも言いますよね。
そんな仕事でよいの?食べていけるの?ってさ。
そうではなくて、やりなさいな、自分の道を、です。
わたしの今だって、周りからみたら、食べていけるの?大丈夫?だし。
実際ママ友にやる前に言われました。そうねぇ、今だって将来はわかりません。
たまにダメになったら老人に優しいらしい富士そばでパートしようかしら、とか。
別にそこでなくても、でも対面の身体を動かす仕事がいいなあ、パソコンは絶対やめよう(もうやりたくない)
なら、きちんとそこで働く為には足腰鍛えとこう、とは思ってます。
仕事じゃなくても将来の子ども世代に介護の負担をかけないためにも。(切実)

で、そうなっても心理セラピストの経験は役に立つもんです。
面接の時、、接客業だし、その店での人間関係。
それにもし辞めたとしたら、その時はああ、やり尽くしたんだな、と後悔は残らない。
それが善き人生ですよ。
無駄にしがみついたって仕方ない。
でも今まだ必要とされてるみたいなので心理セラピストしてますけど。

そう、将来なんかわかりません。
って、わかんないでしょ?
コロナなんて想像つきました?
ポテトチップスの包装がモノクロになるなんて想像出来なかったでしょ?

わからないもんですよ、未来なんか。
方向と可能性は、もちろんあります。それは自己回帰セッションでも確認していくこと。
可能性というか確立ですね、それはある。
ここでは量子の法則が使われるから、でもあくまで確立であって
確定ではない。(変な量子とスピ論の決めたら決まる、ってものではないです、念のため)
未来は常に変わるものだから。
どんな未来でもいいのです、あなたの今の状態のベストに向かっていくなら、
どんな道でも。

将来だけじゃない、なんだって わからないから怖い?
いやいや未来が視えるなんて一番の悲劇ですよ。他人の気持ちが分かるのも。
(わたしは確かに他の人より確立がわかるし、他人の感情を感じるからはっきり言いますけど)
目の前の恋人と付き合ってる、付き合う前から、将来別れる時を知っててデートする、辛くない?
(結婚して添い遂げたとしたって最後は死が二人を分かつのですよ)
未来が分かるって、自分がどう死ぬか、死ぬ年を自覚して生きるってどう?
かなり精神力必要だと思わない?だって余命宣告されて生きることだよ。
友人の手を握った時、恋人と抱き合った時、子どもをハグした時、
仮に相手の心がすべて分かるとしたら、隠してる事を全て感じてしまう。
辛くない?
誰にだって小さな嘘があったりする。
言わないことが相手への愛情ってこともある、
知らなくていいことがある。
あなたが知りたいことだけ、知ることは出来ないんだよ。

わかるって、知るって、そう言う一面もある訳。
とても怖いこと、なのよ。
昔庶民や女性に学問を封じたことがありますが
実は差別だけでなくて、守る側面もあったのです。
物事は知っていることが偉いことじゃない。
どう使うか、だから。
でも時にとても内容が重いものは扱いが劇薬と同じで大変だから。
それから”守っていた”のです。

話を戻しまして、”知る”と”わかる”についてね。
傷ついた人はさ、
どうして?どうして?
なぜ、なぜ、なぜ。
わからないから怖い。
そちらばかり見てるから、

更に困ったことに、
あなたはつい人にこう言いたくなってしまう。
アピールしてしまう。

「わたし、それ知ってる」
「わたし、これ分かってる」

それはなぜか。
分かったら、安心だし賢いでしょう、わたし。
知ってたら、頭いいもの、だから存在価値があるの。
そう威張ることが出来るから。
自分を大きく見せたり、価値ある人とアピール出来るから。

でもそれは本当の自信じゃないのよ。
本当の人間の器の大きさでもない。
勿論知識があることは悪いことではないです。
ただ、人に自慢するものじゃない。
それをつい自慢してしまうあなたは、心の偏りがある。
その偏りの陰にあるのは、自信のなさ、です。

そして全てのものに、白い面と黒い面があるのよ。
つまり、知らない、知ってる、にも負の面がある。
知ってしまったら、もう元に戻れない。
分かってしまったら、もう前の世界には帰れない。

だから”今”、なんです。
知るってある意味過去のこと。
分かるってある意味未来のこと。

そうじゃない、今に生きること、今を感じること、
それが一番よりよく生きれる秘訣です。
今、あなたがやるべきに直向きになる、
これしか後悔しない人生を送るやり方はありません。

あなたがさ、自分の本気だして本当自分の道を進めば進むだけ
え?わたしの人生ってこんな風になるとは…って思うシーンの方が増えると思うよ。
良い意味でね。自分が想像したより予想したより、って人生の方が楽しいんじゃない?
それが自分が自分に期待してる人の生き方なんじゃない?
期待してるってことは自分を信頼してるってことだよね。
そこを一生懸命やる、その道を地道に歩いていたら、
あなたは本当の自信を手に入れることが出来る。
それが自己肯定の道、なんだよ。