あのね、
それはあなたが出来ないから、
でも
役に立たないから、
でも
背が低いからでも
背が高いからでも
(わたしは背が低いので台所とかで
物を出すのに台が必要で本当に泣きたくなりますが)
悪いから、でも
なんか好かれない顔だ、と
自分で感じてるからでも
暗いからでも、
今までそうだった、から
これからもそうだろう、
でもなく
では、なく
ただ、心を自ら閉ざしてるから。
心を閉ざした人間が目の前にいると自然と相手も心を閉ざしてしまう、
脳のミラーニューロンという共感作用によって
あなたの意識上には認知出来てなくても人は誰しも他者と自然に同調してしまう。
(因みに類人猿(人類含む)の第三層に分かれた脳ではなく、二層の脳の構造を持つ
哺乳類だと感情脳と呼ばれる場所で終わっているので近くにいる者の感情と同調しやすく
ペットが飼い主の氣持ちを敏感に感じ取るのはそういった作用による。
また自閉症はこの機能が働かないことが要因だと提唱する医者もいる)
心と心の交流が、想いの交換が
”物理的に止まってしまった状態”
とうことだ。
しかしながら、あなたはそれを
いや、わたしは嫌われる性格だから、と
自分で自分の性分を設定してきてしまった。
あなたがしたのだから、あなたの条件を再設定することは
出来る訳で、それは、あなたが変わることではない。
本来の素直な自分へと戻っていくだけだ。
還っていくだけだ。
そうだね、
あなたには、
心を閉ざさるを得ない傷があるのかもしれない。
開くには痛すぎる経験をしてしまったのかもしれない。
もし、そう感じているならば、
あなたにとり、そうせざる得ない理由がある状態なんだろう、今は。
その扉を開けることが一人では無理だ、つらい、と感じるならば
わたしのところへ来て欲しい。
準備が決まったらいらっしゃい、そう言いたい人がいるから
ここに書いておく。
怖い、無理、と言っていた あなたの為に書いておく。
必ずまた来て、と言われたけど、あまりその場には
わたしは再び行くことがないから。
覚悟が決まったら、あなたがわたしのところへ。
だってあなたは本来の自己像を求めて色々本当にやってきたじゃないか。
本を読み、メルマガをとり、セミナーに通い、今も通っているのか。
しかし覚悟が決まっていない中で彷徨っていると、
それは自己像から遠ざかる為の
逃げる為の行動をしてしまうことが多い。
お金と時間と労力をかけ
それで自分を変えたい、という希望を打ち砕かれてまで
セミナージプシーとなる自分って本当どうしようもない、
そう思うかもしれないが、裏を返せばきっちり
- まだ自分の本心から逃げたい
- まだ隠したい、
- まだ覚悟は出来ていない
つまり既にあなたは思考を現実化していることに成功している、ということ。
だったらその内容を
- 自分の本心と対峙する
- 逃げない
- 素直になる
ただね、わかって欲しいのは
癒された先に、
あなたが勇氣を持って心開けば、
あなたはコミニケーションがとれるということ。
人間だれだってそうだ、ということ。
全ての命が、想いの交換は出来る、ということ。
そして、
それはいつからでも可能だと言うこと。
何歳だって新たな人生を歩み出せると言うこと。
だって、
人から嫌われた、そう感じて
何が困るの?何が辛いの?
それは孤独なんじゃないの。
冷たい感じ。
閉塞感な感じ。
暗い感じ。
出れない感じ、狭い感じ。
周りに壁がある感じ。
分断された感じ。
そこにたった一人きりで、居る感じ…
だから嫌われたくない。
つまり孤独になりたくない、生命は誰だってそうさ。
あなたが居て、わたしが居る。
わたしが居て、あなたがある。
あなたの想いを、
氣持ちを、
もし誰かが分かってくれたなら
ああ、分かる、うん、
きみの氣持ちはよく分かる
きみの話をあっちに座ってじっくり聞くよ
そう、言って欲しかったんじゃないの?
そう、真摯に聴いてもらえたら、
そこから出れない?
いや、出たくないか?
あなた自身の力で、そこから出るんだ。
だから先ず自分から心を開こう。
淋しい、そう感じたなら
誰かが声をかけてくれるのを待つのではなく、自分から声をかける勇氣を持とう。
自分から動くことだ。
それが自分を生きることだ。
好きな趣味(表面的にそう感じる薄っぺらい)やら占い師を
仕事にして好き勝手にすること、これが自分を生きることじゃない。
主体性を持って、自分の言動に責任を持って自律的に自立して生きること
それが自分に還ることだ。
そうしたくても、どうしても動ない、辛い、なぜか出来ない、
なら癒しは必要だけれども。
癒しは弱さ故でも、駄目だから故でもない。
傷を負ったなら、手当を。
病になったなら、療養を。
疲れたなら、休息を。
心が泣いているなら癒しを。
ただ、それだけ。
そこに負の感情(わたしは駄目だ、とか)をそこに関連つけないで。
そして逃げずに(自分の無力さ(誰だって出来ることと出来ないことはある)・愚かさ・限界
いつでもわたしのところへ来てください。
だってね、人に嫌われてるのではなく、
あなたがあなたを嫌っているから、
他人からも嫌われているような感じがするんだから。
つまり”どんな自分も受け入れて、愛していけること”、
それが自己肯定感なんだから。
ま、ね、正直子どもの頃得られなかったものを
大人になって習得するには時間が掛かるよ。
それは仕方ない。
(クライアントさんの中には一年半以上経ってやっと言われたことが
わかったという人もいる。それは経験を積む必要があったから。経験を通して
成長したから理解に至る、という。それは仕方ない。子どもの頃、成長を
阻害されてしまったからやり直すしかないのだから)
今からプロの運動選手や音楽家を目指すことは、より難しい。
けどね、出来ない訳じゃない、そこがわたしは一番肝心だと思う。
出来るんだよ、必ず。
諦めちゃだめだ、特に、自分を諦める、それは駄目だ。
大切なあなた自身をあきらめないで。