我慢するってことが強いこと、大人な態度だと思ってないか?

ここは人前、とにかく笑ってみせて。
今は、泣き出したいのを我慢して。
子どもに怒る姿は見せたら、だめ。
いい年して叫ぶなんて、みっともない。


叫びたいなら、叫びなよ。
泣きたいなら、泣きなよ。

いやだ、って。
苦しい、って。
わたしを見てほしい、って。
無視しないで、って。
どうして、わたしばかりなのって。


我慢して、我慢して、我慢して
良い人の振り?
わたしはそれぐらい大丈夫。
わたしはこれぐらい平氣。


そう大人ぶって、誰が得をするの?


あなたはあなた自身の声を誤魔化し、
我慢する習慣が慢性化し、
あなたが我慢することで、あなたの子どもはそれが大人のやり方だと学習するだろう。
また、あなたが我慢することで仕事を押し付けている人は、あなたを良いように利用するだろう。


確かにね、その場で、
瞬時にぱち切れるのは知恵がない。
泣き叫ぶのも、品がない。


だからと言って我慢することは自分を大事にしないことだ。
きちんと自分がどう感じたか受けとめて
認めること。それがどんなに醜い感情でも…。
自分自身だけは正面から自分の感情と対峙し、認め、受け入れる。


それが本当の強さ、だ。
これが大人の対応だ。


誤魔化すことでも、
我慢することでも、
笑い飛ばすこと、
たいしたことじゃないんだ、
と矮小化することでも、ない。


そうした繰り返しが認知の歪みを生む。
でも、それは、癖。

あなたの全てではない。


繰り返すことも、あるだろう。
だが、癖ならば緩めたり、
回数を減らしたり出来る。
癖を違う形に表現することも可能だ。


そして自分はこれに陥りやすい癖がある。


そう知るだけで、そう認めるだけで、
人は今日より明日、より良い自分を目指せる筈だ。
だって癖もあなたの一部なんだから。
あなたの一部を嫌わないで受け入れて。
今日より明日、受け入れることを挑戦する。それを繰り返すことで、誰と比較するでなく、今日より明日、自分らしくなる筈だ。


それでも人生はサンバの様に、
一歩進んで二歩下がる時もある。 
もっと下がる時もあるかもしれない。

そんな時にめげないこと。
これも本当の強さ、だ。 

そしてありゃ、っと10歩進む日もあるかもしれない。


そんな時に傲慢にならないこと。
これも本当の強さだ。

 

タイトルとURLをコピーしました