身体の病と心の関係、そして自分軸について

コロナに関してですが、わたし自身はコロナに負けるな、という反コロナ的な思考はどうかな、と感じています。
老い、病、死、は快活、生、と対するあくまでも一面にすぎません。

撲滅した、とされる病は天然痘だけで、また、そうでなくてもなにかの病に対し、ワクチンや治療法が生まれれば、また違う病が出てくるものです。
制約、があるから、どうしようか、こうしていこう、という工夫や努力が生まれるものです。

やはり何か制約が生まれた時、大切なことはその制約などに反対、そうコロナなんかに負けるな、ぶっとばせ、というようなあがらうような、逆らうようなエネルギーではなく、

変えられるものを変える勇気を、
変えられないものを受け入れる冷静さを、そして
両者を識別する知恵を与えたまえ

ラインホールド・ニーバー

なのです。

これが生きる力であり、生きる知恵、です。
そして、その部分こそ、わたしが決められること、です。

 

病や死など喪失体験を伴うものに関しては自分の意志だけではどうにもなりません。
時を重ねたら誰でも通る道なのだから。病も、別れも自分の意志だけではどうにもならないことなのだから。
だとしたら、だとしても、せめてわたし、が決められることをするしかないのです。するしかないこと、それは小さなものでしょう。
しかしそれは積み重なったら大きなものになります。
それは目に見えるものでも、人にわざわざ言いふらす実績ではないかもしれません。
しかしあなたの内なる自信かもしれないし、大切な人との質の高い交流、という真のあなたが生きた証、というものになるでしょう。

 

実例をあげましょう。

ローシャハットテスト、これは受けたことはなくてもどんなものかなんとなくはご存じの方が多いでしょう。
決められたパターンのインクの染みのような図案から連想したものを診断するものですが、
熟練のセラピストが診断すると
重篤な病で余命を宣告された人のテスト結果をみると
医者の見立てた年月よりサバイバーとして長く生きれるかどうかわかるそうです。
またその生きた時間の生活クオリティが高い、ということも。

それは実際のエックス線写真や科学的に分析した数値、という現状、つまりは状況や物事をその人がどう解釈し納得し、行動したのかという意識の在りようこそが
真にその人の人生を決めるのだ、ということに他なりません。

心理療法とは、心理におけるセッションとは、言語を使うにせよ、絵を使うにせよ、箱庭をつかうにせよ、
すべては端的に言えば、
意識より奥深くにある、その人の考える習慣、や、あらゆる物事を受け入れる心の空間の棚卸をし、再編成することに他なりません。
だから何を使ってもいいし、どの療法、手法でもいいのです。
きちんとしたセラピストとならその人とクライアントの個性で違う道を行ったとしても結果は同じ場所、つまりはあなた自身へとたどり着くものなのです。

わたしはあなたが生きている時間を充実させ生きて欲しいと思っています。

しかし時に人は迷い、道を見失います。
なので自分の軸を言語化したものをお渡しするのです。
それは自分へ還る為の指標です。

 

わたしを例にとれば、
わたしの軸の一つ目の愛、は、”在りたい自分”を表しています。
わたしはあなたを愛せるか、また社会に対し互いが互いと愛ある関係となって欲しい。
二つ目の軸の探求は”充実”です。何をしていると充実しているか。人生の質を高める方向を意味しています。
また三つ目の軸、如実これは”価値”です。
わたしにとって一番価値があるもの、ということです。
如実は魂のあるがまま、という意味で、それぞれの命が一番相応しい場所で、相応しい生き方をしている様、を言います。

つまりはわたしにとり、心の底から希望する自分自身は
全ての命があるがまま生き、その状態が愛される世界を探求する、ということとなります。

なぜ短いワンフレーズなのか、それは展開とシンプルさがすべての応用と自由を生み出すからに他なりません。
仮に同じ軸の人がいても、わたしは学校の先生として、社長として、主婦として、となんにでも展開することが本当の軸です。
だって軸は芯であり、そこから肉付けしていくものだから。
そしてその肉付けこそがあなたの個性、と、なるでしょう。

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