自己回帰セッションにてお渡しする、”あなたの軸を言語化したキーワードについて”

自己回帰セッションにおいて、
クライアントさん自身が望む在り方、また望む仲間たちを象徴言語にし、その人の人生感を象徴化した言葉を導き出します。

その言葉たちの精度こそ、セラピストの力量値するので
わたしとしましてもセッションにて慎重に、またクライアントさんの身体と共鳴させて、精度を確認します。

それを法則に従い一番安定しエネルギーが集中する図形にしてお渡ししています。
その図形上に言葉を配置し、意識することでぶれることのない自己のホームポジション、魂が還る場所として欲しい。

また実践的な方法としては、
出来得る限り日頃の言動を、その言葉と照らし合わせて欲しいのです。
そうすること、で、わたしらしい生き方、が体現出来るから、です。

具体的な話をしましょう。

何故わたしがこの仕事をしているか、
なぜなら軸の言葉が


探究
如実

だからです。

クライアントさんに対し、愛を持って誠実な対応ができているか、
療法について、また人間の能力などへ探究をし続けているか、
クライアントさんの如実、そして自分自身、家族、身の回りありとあらゆる如実を捉えられいるか、
またそれを愛をもって生かせることが出来ているか、と展開し、実行して初めて、わたしはわたしを生かした、ことになります。

その状態こそ、あるがままを生きた、と言えるでしょう。我が儘三昧、依存三昧、なんでも許される三昧が、その人の、
あるがまま、ではありません。

わたしがクライアントさんが間違えたら嫌われる覚悟を持って進言するのは
軸が愛だから、です。
受容は受け入れること、ですが、

愛とは、相手のあるがまま、すなわち如実をそのまま受け入れつつ、
その先の成長に導く厳しさを伴うもの。
陰陽の全てを包括するものです。
愛には嫉妬の様な黒い面と、自らの命をかけて他者を救う白い面がある。
それは生と死、つまり愛とは自然そのものとも言えるのです。
自然のエネルギーは恩恵も破壊ももたらします。

セッションにおいても、ある意味、クライアントさんの今迄の思い込み=世界観、を壊し、構築し直す、のは愛のサイクルなんです。

 

「軸と日頃の言動の展開をセッションが終わっても忘れないで欲しい」
わたしはそう必ず言いますが、
それをどこまで胸に進むかどうかはクライアントさん次第です。

ついつい、と忘れないでくださいね。

 

それは杜子春の蜘蛛の糸のように、あなたを真我に結びつけるもの。それを疎かにすること、それは あなた自身を疎かにすることに他なりません。
それぐらい自我、とはあってない様なものとも言えるのだから。

でも、あなたはその言葉をこの世に体現すること、が、あなたの魂からの使命と言えるのだし、あなたの魂が目覚めながら生きている、あなたの生を生きている、ならば、それをしないことは、
あなたがあなたを裏切ることです。

 

それはしないよう、
どうぞよろしくお願いいたします。

 

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