心理セラピー後の親の変化(あらたの事例)

わたし自身の事例だとプライバシー問題を考えずにそのままを書けますので参考に。

ただ自分自身を心理セラピー、心理療法をするのは難しいです、本当に。
療法家側はセッション中、右脳と左脳両方を駆使しながら行うのですが、受ける側は右脳=潜在意識の中にしっかり入って頂きたいから。が、入りきると左脳判断がつかなくなるので、深く入れば入るだけ、居る位置も方向もわからなくなります。
通常のちょっとしたトラブル対策ならば自己セラピーも可能でしょう。しかしトラウマレベルになるとそうした理由、それ以上に自分の傷に触れるのでそれから逃げたい為…難しくなってきます。

それ以上に他者(セラピストなど)からの共感という重要なものがないので、癒しの効果がなくなってしまいます。

だから本や講座でマニュアル、つまり方法論は分かったり手に入りますが、
自分のトラウマを癒したい、が目的ならば
施術者(心理セラピスト、心理療法家、カウンセラー…)まで、です。

さて、話を戻しまして。

わたしの父、母は共に傷を負った人でした。故に二人の心の傷を背負わされた わたしはスケープゴートであり、ケアテイカーでした。家庭に逃げ場はなく、全ての悪いこと、いけないことの原因は、わたしのせい、だとされました。

家族構成は両親、わたし、弟。
両親は弟のみを可愛がり、言動共に暴力、無視がありました。思春期から生理用品やブラジャーを与えてもらえないなど、女子特有のラインナップ追加も。
ベーシックな虐待あるあるは網羅しているクライアントの事例だとお考えください。

そしてわたし本人は自己セラピーを行いましたが、父も母も直接はうけていません。
が、効果は家族にも影響を及ぼします。

昨年末、父がいきなりわたしにこう言ってきました。

昔、あなたに対し未熟な親であることが身に染みてわかった。父さん、母さん共にわたしたちが悪かった。
あなたは悪くない。
100パーセントわたしたちが悪かった、
父さんが未熟だった。
母さんもいけなかった。
あなたは悪くなかった。
あなたの心に本当に傷を負わせた。
なかなかとれない傷を負わせてしまった。
本当に申し訳ない。

それからなぜかこうぽつりと。
あなたはきっと良いカウンセラーなんだろうね、と。
そしてこうも言いました。
あなたの写真は本当にとてもいい。それを生かせればよかったのに。
(映画の道に行きたかったのを猛反対されて寮のある短大に押し込まれたのです)

昔、ずっと全て世の中のこと、悪いことは わたしのせいでした。
仕事でのストレス、家族の悪いこと、うまくいかないこと、母がヒステリックになること。世の中が厳しいこと。感謝されないこと。尽くしても報われないこと。
それはわたしがダメだから。

人としてもダメだが、女性としてもさらに価値がない、と。
わたしが人には厳しく自分には甘いから。
世の中はひたすら厳しく、人は兄弟すら信用してはいけない、かろうじて信じられるのは自分、親だけだ、と、言われ続けてきました。
思春期、自分の過ちも認めろ、わたしだけが悪くない、という主張は常に却下されました。ひたすらに、おまえが悪い、間違っている、親は絶対間違えない!!そう何十年もわたしを否定してきた父でした。

ですから謝られるとは、しかも わたしが悪くない、と言われるとは天地がひっくり返っても言わない、と思ってました。かつ男性である父が謝る、と言う行為はかなりの覚悟がないと出来ません。
男性は謝ることが苦手なので。

だから正直言われて、
最初は理解出来ませんでした。
しばらくして、

今更…

ほう…

どちらもわたしの本音でしょう。
そんなんなら最初からやるな、と。
しばらくしてぼんやり思いました。
返せよ、人生を、と。

でも…
なら良かった、とも。

受け入れるか入れないか、
それはわたしたちの自由です。
そして、もちろん、
これは事例の一つに過ぎません。
人は反応が違うから。

母ははっきりとは謝りはしませんが、
あなたにはしてあげられなかったことがたくさんあった、と言われました。
また前より聞き分けが良くなった印象と、変な話ですが綺麗(本人的にそれなりに、って話です。)穏やかになったのが一因にあるでしょう。また前よりオシャレをするようになりました。ピアスつけたり。明るく穏やかになりました。あと前より他者の悪口を言わなくなったかな。もう二人共にがっつり後期高齢者なのでなんですが。

振り返って想うこと、
それは虐待サバイバーとしては、

謝って欲しかった 

と言うより、 

なんですかね…言葉には難しい。

親には穏やかに過ごして欲しかった、
そしてわたしにも笑いかけて欲しかったから。
家庭でこそ安心や安らぎを感じさせて欲しかったから。守って欲しかったから。人を信頼できる、と自分も人も思って人生をスタートしたかったから。

謝られるとかより、
やり直したい、取り戻せたら
が、根本にあったかな、と感じます。
あくまでわたしの私感ですが。

あなたの傷が癒えた先に何を思うかはわからない。
ただね、今、過去の怒りの中にいる氣持ち、これはこれ、そして癒し終わった後の氣持ちも、それはそれ。

氣持ちは変わって良いのだから。
そしてあなたが感じたこと、
は誰も裁けない。

親を捨ててもいい。
歩み寄ってもいい。
他も、よし。

でも、
終わりにしませんか。
あなたの中の憎しみの連鎖を。
悲しみを。
断ち切りましょうよ。

あなたの涙と孤独な時間を。
あなたの手で。

そして、あなたが過去からの囚われからは解放されて、本来の自分自身に立ち返り、未来へ向けるよう、今を生きれるよう、少しでもなってくれたなら。
憎しみと悲しみを相棒にするのではなく、ささやかでもいい、希望と自信と共に居られるなら。
その決断も想いも他人からあれこれ言われる筋合いこそ全くない。

あなたが今を生きる為に決めたらいい。
あなたがあなたの意志を持って決めた、
心から思うことを真摯に実行することが、
あなた自身を生きることなのだから。

 
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