【伝言】辛抱は悪いことだろうか、自己回帰セッション終了の方々へ告ぐ

辛抱って字は、辛いことを抱えてる。
辛いを、そのまま認めて、
手で包み込んでる。

我慢とは違う。
我慢は我の慢心(心の中で自分のことを自慢すること。おごり高ぶる心)に執着してる状態。

 

我慢と辛抱は違う。

我慢はしないこと、だけど、
時に辛抱は必要だと思うのだ。
それはし続けること、の中にあるからだ。
し続けること、が、実は一番難しいことだから。


単純な物であろうが、
そうじゃないことであろうが、
どんなことも、毎日コツコツ
し続けること、は
難しく尊い。


誰でも一回や数回、氣が向いた時なら、
出来るし、やる氣にもなるだろう。

 

しかし誰からの見返りも、
称賛もなく、続けた先のご褒美もなく、
ただ、自分との約束を果たす為に続ける。
これは精神力が試されるものだ。


が、し続けることを何十年も続けたら宝になるのだ。
し続けないと見えない世界がある。

 

誰かに認められる訳でもなくても
ただ、ただ、し続ける。
忍耐力と辛抱の世界だ。


時にサボりたい、ま、いいか、
今日ぐらい、そんな誘惑から
友人の誘い、病氣、
そんな物理的な時間のなさ、
小さな誘惑、小さな油断。
今回は面倒くさい。

 

それを振り切る。
やる。
淡々と、やる。
あなたであることを、やる。

 

 

 

だから時に辛いな、と思っても、
しなきゃいけない何か、が、
続けなきゃいけない何かが、
もし あなたにあるならば

 

辛いな、思った自分と一緒に。
辛抱してやらんと。


わたしは自己回帰セッションを受けた人に言いたい。または思い出して欲しい。

 

セッションの終わりは、
自分の声を聴く、スタートなのだと。
自分がある、自分であること、の探究の道なのだ、と。

 

それぞれの人の、それぞれの声の聴き方、
確かめ方がある。

 

それはセッションで繰り返し、
あなたに練習してもらい、
こう応用し、ここで確かめたらわかる、
そう言ってきた。

身体の整え方、も。



頭だけで考えて、エゴで色々な言い訳や
憶測だらけや、損得優先の答えではなく、
真心の声を聴きなさい、と。
そしてそれを行動に起こしなさい、と。
そして迷うようなら、軸に戻り、
あなたはどう在り、何に価値を見出し、歓びを感じるか、それら3つのクロスした中に応えはあるのだから、そこに身をおけ、と。


そうして、あなたはあなたの仕事をしなきゃいけない。

わたしは教えられるけど、
その後自立自律してやり続けられるか、
それは、あなた自身にかかってる。

やり方は分かってる、つまり
やりつづけるか、やらないか、
それだけだ。

だが、何度も言うが続けることは
難しい。が、やりつづける価値がある。


また真心の声は、時に
他者をただ信じること、
素直になること、
を求めてきて、

言い訳みたいな心の武装や
慢心の様な心の化粧もなく、

ただ自分として向き合うように
傷付いてもいいから正面から向かえ、
そう言ってくるから、
怖くて当然、勇氣は必要。

そして、その言葉を信じること、とは
責任が自分に全てかかってくる。
自分の責任は自分でとるのだ。

 

でも自分を生きる、ってそう言うこと。
後悔しない生き方はそれしかない。


だって自分100%で、素直に言って、断られたとしたら、
そりゃその時は悲しいだろう。
悔しい?絶望?色々。

 

 

でも、将来、わたしが約束しよう。

そのエピソードを振り返った時、
あの時ああしてたら、
とは、あなたは決して思わない、と。
わたしは俺は精一杯生きてきたな、と。
まあ、色々あったけど、
わたしの人生に後悔してない。

辛抱の中には抱もある。
自分やってこーぜ、色々あるけどね。

 
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