セラピスト・カウンセラーの選び方

【効果ある心理療法の受け方②】安全安心を感じることが人生になかった あなたへ

この記事は約10分で読めます。

カウンセラーから否定的なことを言われた。高圧的なアドバイスをされた…

なんてひどい、
わたしは安心安全の為に
あなたを否定することなく、
お話を聴きます。
 
なんてありますね。
 
 
人に安心安全を感じてもらうには、
あなたを否定せずに聴いていく、
と言うのはある意味正しいですが
これだけでは足りません。
 
傾聴はそんな受け身的なものではなく、
能動的な力強いものです。
 
 
心理療法が、潜在意識が、
どう人と人の間で響き合うか、共鳴するか、
セッションの共鳴性と追体験という相互フィールドを理解し、実践することが必要で、それを理解し実践できる施術者と
そうでない未熟な人がした時では全く違います。
 
また残念ながら大学院や臨床心理士でも日本ではロジャースの傾聴を表面的な捉え方をしているのが主流な為、ちょっと物足りない。(ブログ集客の民間セラピスト(わたしもですな)から大学の臨床心理学の様々な勉強会から公開セッションを見てきましたが資格云々関係なく、
出来る人は出来る、出来ない人は出来ない←当たり前と言えば当たり前ですが、世の中当たり前なことが一番難しいと年を重ねるごとに実感します)
 
 
例に出しましょう。
 
昔の話ですが、
あるクライエントさんがセッション内での感情表現がかなり大きなクライエントさんがいました。カウンセリング内で特定感情の爆発を定期的に出して沈静化し、またしばらくしたら爆発的をさせにカウンセリングを受ける、と言ったループ状態になっていました。
 
それに困ったカウンセラーさんが自分の繰り返しのセッションに氣付き、わたしへセッションへスイッチの打診あり、クライアントさんの同意があったのでセッションを開始させて頂きました。
 
確かに1回目の10分~15分あたりは爆発的なものを見受けられました。
わたしも、あ、これが例の…
と思ったのを覚えています。
 
が、4回セッションを行いましたが、
それ以降、その方が爆発的な表現をすることは一切なく、それどころか終始穏やかなセッションでした。
 
つまり真の共感を持って受け入れられた場合、潜在意識にある爆発的な感情を成長もなく同じ場面を繰り返すことはないのです。
これが真の傾聴による感情昇華というものです。
 
繰り返し同じトラウマの感情にとどまっているのは、セッション内にて感情昇華が成立せず、その場しのぎの単なる吐き出しにしかなっていない、
つまり傾聴に至っておらず、 
ということです。
これでは飲み屋で愚痴を言うのと変わりません。
(思考の癖で、つい逃げてしまう、や、言い訳的なものは前頭前野を成長させその癖をなおしていく必要がありますが。これとそれは話が違います)
 
 
吐き出しに終わるのか、昇華に至るのか、
それは①クライエント側が受容してもらったという潜在意識レベルでの深い満足感

クライエント側が抱えている感情を、その場でごかまさずに出し切れるようセラピスト側がきっちりと観察できる眼を持ち、その段階まで出し切らせること、が重要です。
(これも前回の記事と同様クロージングに関わることです)
(わたしにクライエントさんを託した方は、それに自ら氣づいた、ということが重要です。そうしたら次に同じ過ちしないですから)
 
この上記2点の両輪によって感情は昇華され、更に奥へと段階的ステップを踏むことが可能となるからです。
 
 
ただし例えば母親との関係が様々な形で、複数回のセッションでも繰り返しくる場合もあります。が、なんからの成長部分、次のステージが感じられた場合は繰り返しではありません。

それだけ密に共依存部分があったから、
ならばそれを一つ一つ丁寧に対応していけば良いだけです。
 
またそうであった場合ですが、
あなたが弱いからそうした繰り返しになる訳でも、お母様が酷い人だった訳でもなく、ただ互いに絡まる部分が多く、
お2人ともとても苦しかったんだね、と言うこと、です。

その為には、
一に安全、二に安全、三に安全というミドリ安全の建設現場用語のような”安全”がキーワードになります。それが感じられなければ心=フェルトセンス(感じられるなにか、感情+α)は出ては来ない、から、です。

しかしその安全は結構難しく深い話になります。
 
否定する言葉遣いをしない、
さえぎらない、そうだそうだと肯定するような言葉がけをする、
その人と呼吸を合わせる
相手の言葉を繰り返す、

と教えられ、それだけを実践してる方も多いですが、
 
そんな表面的なものではなく、
セラピストはクライアントに潜在意識レベルでの安心安全を感じることが可能なようにセラピストがその空間づくりから始めなくてはいけません。
 
また、わたしは呼吸より深いレイヤー部分で合わせますから、表層の呼吸の観察では分からないでしょう。
また公開セッションを観察していると、空間造りが出来ている施術者と出来ない人ではその場の空氣が全く違います。
 

さて”空間を造る”、とはそのセラピスト自身がまずそのような境地に立ち入り、それの空間を広げます。(スピ好きならオーラでも良いですが)
 
意識は人体を超えて存在させられる、これはエセスピリチャリルでもなんでもなく、脳科学の分野や氣功者やヒーラーさんを通じて大学で研究も進んでいます。
生き物は生きていれば微量な電流を発していますから、人は共鳴が出来るのだから。
 
またその意識のフィールドは嘘がつけないので、施術者の日頃の言動、それまでの人間力(=これが施術者の個性)がそのまま場にあらわれてしまいます。
 
 
なおセラピストが安全の境地に達するとは、
単なる自己開示をしてる施術者はオープンマインドだから安心、
などというようなものではありません。
 
 
よくあるブログでの過去や特に恥部に該当する過去を、せきららに語る行為、晒すような行動は、勇氣ある自己開示でもなんでもなく、相当に重い自虐行為の一種です。
それをする人は罪悪感が相当根深い。
だってあきらかに自分を傷つけているじゃないですか。
 
 
そうしたフィールドとは(ひろげられた意識は)顕在意識上はわかりにくくとも誰でも”からだ”はそれに自動的に脳よりも早く感知し反応し判断を下しています。
実は皆さんも日常で感じていることだと思います。
 
 
例えば、ふられた人がなんだか禍々しいオーラを発しているような、
イライラした人が側にいるとなんだか落ち着かないような、
ここ、なんか雰囲氣嫌だなあ、とか。
 
それって理屈じゃないでしょう?
そう人は無意識にからだは反応し、
影響を受けあっている。
 
 
だから、
単なる言葉だけ(=上部だけ)
否定しない、そうだね、そうだね、と
聞いているだけのようなレベルでは
心理療法の場では安全には値しません。
 
それで騙せるのは顕在意識まで、だからです。それよりも早く5秒だったかな、反応する身(からだ)の部分を安心させなくては潜在的なモノ、感覚的なモノは感じられないから。
 
 
また特に心に傷があり、
トラウマを抱える人が生きづらいのは、
そうした自動化された神経や潜在意識の反応が過剰な体験、常習化されたため、の場合があります。
その場合は安全を感じにくいことがあります。
 
 
しかしそれは
あなたが生き延びる為にした行為なので、
”それは正しかった”ことです。
あなたはあなた自身を守った、んです。
ですから今の自分の反応を否定することはやめてください。よくやってくれた、です。
 
 
ただ悲しいことに、
安全という状態、感覚が未知である為それに触れることが初めてなので、それ自体(安全という体感)に怯える方もいます(これは本当に切ないことです、安全、なのになあ…これからの人生はその感覚に馴染んで欲しいと思う)
 
 
現実は時は流れ、様々な状況が本当はあなたを取り巻いていることもある。
今まで誰もわたしのことを、そう思っていたけれど実は居たかもしれない。
そうした、人の温かさをちゃんと正確にキャッチ出来るよう、あなたは知らないなら学んでいけばいい。何度も繰り返しますが、今の状況に応じて柔軟に対応できる、本来のあなたのパフォーマンスを取り戻すことが、あなたの目的なのです。

だから過去に適応したあなたは悪くはないのです。
その反応の結果、あなたは今ここに生きていられるのだから。
 
 
話を戻しまして、
先に意識を空間に広げる話をしましたが、
この空間使いの大きさ+どんな感じか+更に相手のどのレベルまで感知できるかが、セラピストとしての力量と個性に関係していることになります。そしてそれによる安心感がセッションの成功を左右しています。

またそれは同じ空間にいる方が、それは感じられやすいですが量子論を解釈に使えば通話セッションでもなぜ可能かが、腑に落ちます。
 
(一部の自己啓発的なセミナーなどの”量子論を意識を向けると粒が波になる、故に意識ですべてが決まる”、と言った短絡的なものは間違いです。働きかけられる部分のレイヤーが限られているのではないか、と解釈するのが良いと今の時点ではわたしは思っています。世界は多重構造と想定すると”からだ”や”こころ”の反応もフィールドの動きも解釈がスムーズです)
 
そして、その安全の場を創り出すことは
全ての分野での潜在意識と関与するセッションでは基盤であり、土台であります。
これなくばセッションは成り立ちません。
それが出来る施術者をお選びください。
 
 
チェックポイントは2つあります。

① 暖かな感覚と触れる瞬間があったかどうか。その際、人によりますが、
安全や安心から遠い人生を送られてきた方は、安全がどんな感覚か忘れてしまった方もいます。そうした場合、
嫌悪感はないけれど、未知な感覚、であることもあるでしょう。また辛い過去は二度と触れたくない、とされているとしたら、その抵抗が現れる場合もあります。
でも、その一歩を自分の為に進みましょう。わかっている臨床家なら先ずは安全を確保してから進みますし、クロージングもしてフォローしてくれる筈です。
 
 
②終わった後、凄まじく眠くなったりすることはありますが(潜在意識が大きく動いた時の眠氣は抵抗不可な感じです)
ただし極度の不安定な精神状態になったりしたら要注意です。また適切なフォローがない場合も怪しい。
 
からだに注意を向けましょう。
口先だけの腹に落ちる、ではなく。
(このケースは多いですね。本当にふに落ちた時は、言葉に出来ないし言わないクライアントさんが多いですよ、圧倒されて。)
一回では無理かもですが、
姿勢が良くなったりグランディング=地に足が着いた感じがしたり視野が広がったり明るく感じたりします。
 
※言語は嘘をつきます。
どちらにせよ、
身体の感覚の方を指針とされる方が
初回や初期の段階では??的な部分があるにせよ、統合までいけば、
グッと新しい自分(本来の充足できた わたし )と出逢える感触をわたしは持っています。

 
 
追記

セッションにて、
一見同じようなテーマだと思えたとしても
その物語が進んでいる、
成長が見られるなら大丈夫です。
また日常でも自分の氣持ちに変化が訪れているかどうか、も大切なポイントです。
 
例で言えば、
最初はお母さんへ怒りをぶつけていたとしても、だんだんお母さん自身の氣持ちも理解し始めるような場面へ進む、
恐怖を感じていても、前は動けなかったのが直ぐに追い出せるようになってくる、
等身大のお母さんの姿が見えてくる、
 
 
男の人に怒鳴られると過去の父の姿がフラッシュバックし、画像が出てきていた、
→これが前より父の映像が小さくなっていた、自分がその父の前に居たのに消えていた、
などの変化があり、
実際に怒鳴られてもダメージが小さくなってきた、氣持ちの切り替えが早くなってきた。
 
 
わたしが一回をお試し、と設定しているのはそうしたセッションを通じ、またセッションの合間の日常とそれぞれの過程であなたが成長していくことを目指しているから、です。
そこが大切だからです。
それが本当の癒しへの道、です。
 
【効果ある心理療法の受け方①】オープンカウンセリングやセッション感想文の功罪
オープンカウンセリングにおける不可思議なクライアントの反応が、一年近くかかってやっとどういうことで起きるのかわかってきました。それは通常の個人カウンセリング、セッションでも起きていることなのだと思うので、カウンセリング、およびセッションを...
《量子論が出てきたので蛇足》

科学の発見というものは、
最初に理論を推論し、それを立証する為に、数式、または観察実験等で論証すること、です。
で物理学者などは直観的に、こうなんだろうなー(例えばブラックホールという感じの存在があるに違いない)ということは思いつくんだそうです。
だけど、それをどう論証していくか、数式を産み出すことが出来ずにずるずる時間が経つことが多い訳です。(実際アインシュタインはこちらの閃き型で、数式は仲間の物理学者に協力してもらっていました)
 
けれど最近はブラックホールを撮影するなど、いわいる機械がより精密、より進化することでそういったものが推論、計算にて立証後、観測出来ることが増えてきました。
 
わたしが他者の感情の発露や、
意識の状態を認知する感覚は、そちらの感度が一般の方よりは幾分広く、幾分深く、幾分精密だからです。つまり機械の性能が上がったのと同じ原理です。
(それでも日々調整と努力が必要で、
「楽しんで生きていたら声が自動的に降りてくる~」
などというものではなく、セッションレベルの感覚維持は
正直かなり必死です)
 
 
 
・更なる蛇足
空間に意識を拡げる、や、サードアイやら、氣などと書いているので、わたしをたまにスピ?と勘違いされたりするのですがスピ方面は馴染みや興味がなかったので、よくわかんないでございます。
ただ自分を取り戻していくにつれ感覚は一緒についてきた自分の一部だったので仕方なくいやいや受け入れざる得ませんでした。
 
わたしの言う氣が良いとは、「調和がとれ、明るい、爽やか、広がっている、いく、」氣が悪いは、「詰まりがある、不協和、悲鳴、縮こまる、閉塞感」といったように変換してもらえるとわかりやすいかと思います。
 
また、たまに亡くなったご遺族のメッセージを伝える場合もありますが、わたしの特技やエネルギーの方向は下から上の浄化に強く、上からの流れは不得意な為、先方(ご遺族)からの強い要望メッセージがあった場合に限ります。じゃないとわからん。強いて表現すれば先方から強烈パンチでも食らわないと氣づけません。
上からの流れは今は離れてしまった仲間が強かったですが、それはそれは立派なものでした。その人から比べたらわたしなんぞさっぱりです。でもその人は本来の自分からは遠のいてしまった…。怖かったんだろうな、感覚があることや鋭いことは単純に今の現代で生活する上では弊害の方が多いので…愚痴になってしまいました。
 
セラピスト・カウンセラーの選び方

【効果ある心理療法の受け方②】安全安心を感じることが人生になかった あなたへ

この記事は約10分で読めます。

カウンセラーから否定的なことを言われた。高圧的なアドバイスをされた…

なんてひどい、
わたしは安心安全の為に
あなたを否定することなく、
お話を聴きます。
 
なんてありますね。
 
 
人に安心安全を感じてもらうには、
あなたを否定せずに聴いていく、
と言うのはある意味正しいですが
これだけでは足りません。
 
傾聴はそんな受け身的なものではなく、
能動的な力強いものです。
 
 
心理療法が、潜在意識が、
どう人と人の間で響き合うか、共鳴するか、
セッションの共鳴性と追体験という相互フィールドを理解し、実践することが必要で、それを理解し実践できる施術者と
そうでない未熟な人がした時では全く違います。
 
また残念ながら大学院や臨床心理士でも日本ではロジャースの傾聴を表面的な捉え方をしているのが主流な為、ちょっと物足りない。(ブログ集客の民間セラピスト(わたしもですな)から大学の臨床心理学の様々な勉強会から公開セッションを見てきましたが資格云々関係なく、
出来る人は出来る、出来ない人は出来ない←当たり前と言えば当たり前ですが、世の中当たり前なことが一番難しいと年を重ねるごとに実感します)
 
 
例に出しましょう。
 
昔の話ですが、
あるクライエントさんがセッション内での感情表現がかなり大きなクライエントさんがいました。カウンセリング内で特定感情の爆発を定期的に出して沈静化し、またしばらくしたら爆発的をさせにカウンセリングを受ける、と言ったループ状態になっていました。
 
それに困ったカウンセラーさんが自分の繰り返しのセッションに氣付き、わたしへセッションへスイッチの打診あり、クライアントさんの同意があったのでセッションを開始させて頂きました。
 
確かに1回目の10分~15分あたりは爆発的なものを見受けられました。
わたしも、あ、これが例の…
と思ったのを覚えています。
 
が、4回セッションを行いましたが、
それ以降、その方が爆発的な表現をすることは一切なく、それどころか終始穏やかなセッションでした。
 
つまり真の共感を持って受け入れられた場合、潜在意識にある爆発的な感情を成長もなく同じ場面を繰り返すことはないのです。
これが真の傾聴による感情昇華というものです。
 
繰り返し同じトラウマの感情にとどまっているのは、セッション内にて感情昇華が成立せず、その場しのぎの単なる吐き出しにしかなっていない、
つまり傾聴に至っておらず、 
ということです。
これでは飲み屋で愚痴を言うのと変わりません。
(思考の癖で、つい逃げてしまう、や、言い訳的なものは前頭前野を成長させその癖をなおしていく必要がありますが。これとそれは話が違います)
 
 
吐き出しに終わるのか、昇華に至るのか、
それは①クライエント側が受容してもらったという潜在意識レベルでの深い満足感

クライエント側が抱えている感情を、その場でごかまさずに出し切れるようセラピスト側がきっちりと観察できる眼を持ち、その段階まで出し切らせること、が重要です。
(これも前回の記事と同様クロージングに関わることです)
(わたしにクライエントさんを託した方は、それに自ら氣づいた、ということが重要です。そうしたら次に同じ過ちしないですから)
 
この上記2点の両輪によって感情は昇華され、更に奥へと段階的ステップを踏むことが可能となるからです。
 
 
ただし例えば母親との関係が様々な形で、複数回のセッションでも繰り返しくる場合もあります。が、なんからの成長部分、次のステージが感じられた場合は繰り返しではありません。

それだけ密に共依存部分があったから、
ならばそれを一つ一つ丁寧に対応していけば良いだけです。
 
またそうであった場合ですが、
あなたが弱いからそうした繰り返しになる訳でも、お母様が酷い人だった訳でもなく、ただ互いに絡まる部分が多く、
お2人ともとても苦しかったんだね、と言うこと、です。

その為には、
一に安全、二に安全、三に安全というミドリ安全の建設現場用語のような”安全”がキーワードになります。それが感じられなければ心=フェルトセンス(感じられるなにか、感情+α)は出ては来ない、から、です。

しかしその安全は結構難しく深い話になります。
 
否定する言葉遣いをしない、
さえぎらない、そうだそうだと肯定するような言葉がけをする、
その人と呼吸を合わせる
相手の言葉を繰り返す、

と教えられ、それだけを実践してる方も多いですが、
 
そんな表面的なものではなく、
セラピストはクライアントに潜在意識レベルでの安心安全を感じることが可能なようにセラピストがその空間づくりから始めなくてはいけません。
 
また、わたしは呼吸より深いレイヤー部分で合わせますから、表層の呼吸の観察では分からないでしょう。
また公開セッションを観察していると、空間造りが出来ている施術者と出来ない人ではその場の空氣が全く違います。
 

さて”空間を造る”、とはそのセラピスト自身がまずそのような境地に立ち入り、それの空間を広げます。(スピ好きならオーラでも良いですが)
 
意識は人体を超えて存在させられる、これはエセスピリチャリルでもなんでもなく、脳科学の分野や氣功者やヒーラーさんを通じて大学で研究も進んでいます。
生き物は生きていれば微量な電流を発していますから、人は共鳴が出来るのだから。
 
またその意識のフィールドは嘘がつけないので、施術者の日頃の言動、それまでの人間力(=これが施術者の個性)がそのまま場にあらわれてしまいます。
 
 
なおセラピストが安全の境地に達するとは、
単なる自己開示をしてる施術者はオープンマインドだから安心、
などというようなものではありません。
 
 
よくあるブログでの過去や特に恥部に該当する過去を、せきららに語る行為、晒すような行動は、勇氣ある自己開示でもなんでもなく、相当に重い自虐行為の一種です。
それをする人は罪悪感が相当根深い。
だってあきらかに自分を傷つけているじゃないですか。
 
 
そうしたフィールドとは(ひろげられた意識は)顕在意識上はわかりにくくとも誰でも”からだ”はそれに自動的に脳よりも早く感知し反応し判断を下しています。
実は皆さんも日常で感じていることだと思います。
 
 
例えば、ふられた人がなんだか禍々しいオーラを発しているような、
イライラした人が側にいるとなんだか落ち着かないような、
ここ、なんか雰囲氣嫌だなあ、とか。
 
それって理屈じゃないでしょう?
そう人は無意識にからだは反応し、
影響を受けあっている。
 
 
だから、
単なる言葉だけ(=上部だけ)
否定しない、そうだね、そうだね、と
聞いているだけのようなレベルでは
心理療法の場では安全には値しません。
 
それで騙せるのは顕在意識まで、だからです。それよりも早く5秒だったかな、反応する身(からだ)の部分を安心させなくては潜在的なモノ、感覚的なモノは感じられないから。
 
 
また特に心に傷があり、
トラウマを抱える人が生きづらいのは、
そうした自動化された神経や潜在意識の反応が過剰な体験、常習化されたため、の場合があります。
その場合は安全を感じにくいことがあります。
 
 
しかしそれは
あなたが生き延びる為にした行為なので、
”それは正しかった”ことです。
あなたはあなた自身を守った、んです。
ですから今の自分の反応を否定することはやめてください。よくやってくれた、です。
 
 
ただ悲しいことに、
安全という状態、感覚が未知である為それに触れることが初めてなので、それ自体(安全という体感)に怯える方もいます(これは本当に切ないことです、安全、なのになあ…これからの人生はその感覚に馴染んで欲しいと思う)
 
 
現実は時は流れ、様々な状況が本当はあなたを取り巻いていることもある。
今まで誰もわたしのことを、そう思っていたけれど実は居たかもしれない。
そうした、人の温かさをちゃんと正確にキャッチ出来るよう、あなたは知らないなら学んでいけばいい。何度も繰り返しますが、今の状況に応じて柔軟に対応できる、本来のあなたのパフォーマンスを取り戻すことが、あなたの目的なのです。

だから過去に適応したあなたは悪くはないのです。
その反応の結果、あなたは今ここに生きていられるのだから。
 
 
話を戻しまして、
先に意識を空間に広げる話をしましたが、
この空間使いの大きさ+どんな感じか+更に相手のどのレベルまで感知できるかが、セラピストとしての力量と個性に関係していることになります。そしてそれによる安心感がセッションの成功を左右しています。

またそれは同じ空間にいる方が、それは感じられやすいですが量子論を解釈に使えば通話セッションでもなぜ可能かが、腑に落ちます。
 
(一部の自己啓発的なセミナーなどの”量子論を意識を向けると粒が波になる、故に意識ですべてが決まる”、と言った短絡的なものは間違いです。働きかけられる部分のレイヤーが限られているのではないか、と解釈するのが良いと今の時点ではわたしは思っています。世界は多重構造と想定すると”からだ”や”こころ”の反応もフィールドの動きも解釈がスムーズです)
 
そして、その安全の場を創り出すことは
全ての分野での潜在意識と関与するセッションでは基盤であり、土台であります。
これなくばセッションは成り立ちません。
それが出来る施術者をお選びください。
 
 
チェックポイントは2つあります。

① 暖かな感覚と触れる瞬間があったかどうか。その際、人によりますが、
安全や安心から遠い人生を送られてきた方は、安全がどんな感覚か忘れてしまった方もいます。そうした場合、
嫌悪感はないけれど、未知な感覚、であることもあるでしょう。また辛い過去は二度と触れたくない、とされているとしたら、その抵抗が現れる場合もあります。
でも、その一歩を自分の為に進みましょう。わかっている臨床家なら先ずは安全を確保してから進みますし、クロージングもしてフォローしてくれる筈です。
 
 
②終わった後、凄まじく眠くなったりすることはありますが(潜在意識が大きく動いた時の眠氣は抵抗不可な感じです)
ただし極度の不安定な精神状態になったりしたら要注意です。また適切なフォローがない場合も怪しい。
 
からだに注意を向けましょう。
口先だけの腹に落ちる、ではなく。
(このケースは多いですね。本当にふに落ちた時は、言葉に出来ないし言わないクライアントさんが多いですよ、圧倒されて。)
一回では無理かもですが、
姿勢が良くなったりグランディング=地に足が着いた感じがしたり視野が広がったり明るく感じたりします。
 
※言語は嘘をつきます。
どちらにせよ、
身体の感覚の方を指針とされる方が
初回や初期の段階では??的な部分があるにせよ、統合までいけば、
グッと新しい自分(本来の充足できた わたし )と出逢える感触をわたしは持っています。

 
 
追記

セッションにて、
一見同じようなテーマだと思えたとしても
その物語が進んでいる、
成長が見られるなら大丈夫です。
また日常でも自分の氣持ちに変化が訪れているかどうか、も大切なポイントです。
 
例で言えば、
最初はお母さんへ怒りをぶつけていたとしても、だんだんお母さん自身の氣持ちも理解し始めるような場面へ進む、
恐怖を感じていても、前は動けなかったのが直ぐに追い出せるようになってくる、
等身大のお母さんの姿が見えてくる、
 
 
男の人に怒鳴られると過去の父の姿がフラッシュバックし、画像が出てきていた、
→これが前より父の映像が小さくなっていた、自分がその父の前に居たのに消えていた、
などの変化があり、
実際に怒鳴られてもダメージが小さくなってきた、氣持ちの切り替えが早くなってきた。
 
 
わたしが一回をお試し、と設定しているのはそうしたセッションを通じ、またセッションの合間の日常とそれぞれの過程であなたが成長していくことを目指しているから、です。
そこが大切だからです。
それが本当の癒しへの道、です。
 
【効果ある心理療法の受け方①】オープンカウンセリングやセッション感想文の功罪
オープンカウンセリングにおける不可思議なクライアントの反応が、一年近くかかってやっとどういうことで起きるのかわかってきました。それは通常の個人カウンセリング、セッションでも起きていることなのだと思うので、カウンセリング、およびセッションを...
《量子論が出てきたので蛇足》

科学の発見というものは、
最初に理論を推論し、それを立証する為に、数式、または観察実験等で論証すること、です。
で物理学者などは直観的に、こうなんだろうなー(例えばブラックホールという感じの存在があるに違いない)ということは思いつくんだそうです。
だけど、それをどう論証していくか、数式を産み出すことが出来ずにずるずる時間が経つことが多い訳です。(実際アインシュタインはこちらの閃き型で、数式は仲間の物理学者に協力してもらっていました)
 
けれど最近はブラックホールを撮影するなど、いわいる機械がより精密、より進化することでそういったものが推論、計算にて立証後、観測出来ることが増えてきました。
 
わたしが他者の感情の発露や、
意識の状態を認知する感覚は、そちらの感度が一般の方よりは幾分広く、幾分深く、幾分精密だからです。つまり機械の性能が上がったのと同じ原理です。
(それでも日々調整と努力が必要で、
「楽しんで生きていたら声が自動的に降りてくる~」
などというものではなく、セッションレベルの感覚維持は
正直かなり必死です)
 
 
 
・更なる蛇足
空間に意識を拡げる、や、サードアイやら、氣などと書いているので、わたしをたまにスピ?と勘違いされたりするのですがスピ方面は馴染みや興味がなかったので、よくわかんないでございます。
ただ自分を取り戻していくにつれ感覚は一緒についてきた自分の一部だったので仕方なくいやいや受け入れざる得ませんでした。
 
わたしの言う氣が良いとは、「調和がとれ、明るい、爽やか、広がっている、いく、」氣が悪いは、「詰まりがある、不協和、悲鳴、縮こまる、閉塞感」といったように変換してもらえるとわかりやすいかと思います。
 
また、たまに亡くなったご遺族のメッセージを伝える場合もありますが、わたしの特技やエネルギーの方向は下から上の浄化に強く、上からの流れは不得意な為、先方(ご遺族)からの強い要望メッセージがあった場合に限ります。じゃないとわからん。強いて表現すれば先方から強烈パンチでも食らわないと氣づけません。
上からの流れは今は離れてしまった仲間が強かったですが、それはそれは立派なものでした。その人から比べたらわたしなんぞさっぱりです。でもその人は本来の自分からは遠のいてしまった…。怖かったんだろうな、感覚があることや鋭いことは単純に今の現代で生活する上では弊害の方が多いので…愚痴になってしまいました。
 
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