(セッションへのご質問)セッションを受けるのは他人に頼るという”甘え”や”逃げ”にならないですか?

クライアントさまにセッション前に
「セッションを受けるのは、
他人に頼るということで、
”甘え”や、”逃げ”にならないですか?」
と質問されました。

わたしはこう答えました。

そもそもセッションとは
あなたがあなた自身と対峙し
対話する期間です、と。

その自分への旅の旅人はあなた自身だし、
セッションが終わった後
自ら踏み出し、
その道を歩んでいくのも
あなた自身でしかないのだ、と。

わたしはその期間の伴走者。
あなたが自分自身を取り戻す為に
旅立つ冒険の導き手、
または雄大な山登りのシェルパ
でしかないのだと。

わたしはあなたが、
間違った道に踏み込んだりしないように
遠回りして、更に遠くに行かないように
導き、怖くて躊躇する道を
避けずに進むよう伴走し
越える為に勇氣づけをおこなうだけだ、と。

そう、本当の意味で
他人を救うことは出来ません

その他者に光の側面を思い出す
きっかけや愛が”あること”を
示すことは出来るけれど。

それを差し出された人が
受け入れる準備が出来ない限り
見ようとしないし、氣がつかない、
というより積極的に流すよね。

というよりそれ以前に、
人はどんな人でも敵わないから。

心を閉ざしている方でも
思念を飛ばしてくる時の迫力と言ったら
すごいものがあります。

電話の通信を分断したり、
メールが混線したり
電波系の妨害は得意だし。

その人の本氣具合により
良くも悪くも影響力は大変すごいのです。

ただ、
魂のレベル
本音レベルと
認知できる意識レベルと
ベクトルの向きが違う場合は3分割されてしまうので
勿体ないことは、確か。

というより、ベクトルが真逆なら相殺されちゃうので
そこでパワーが落ちるのはありますが。

それは置いといて。

なんで人が人を救うことは出来ないのです。
みんながみんなスゴイから。
他人がどんな善意だろうが、
エネルギーがどんなに強い人が
全力のパワーだそうが、
その人自身が決めたこと、
決意したことが、
なによりも強いから。

だから他人なんか救えないの。
唯一出来るのは、
自分が自分を救うことだけ。

だからね、わたしは
セッションでクライアントさんを
救える、救おう、なんて、思えないし思ってない。

自分の人生は自分で生きるんだもの。
あなたの人生はあなたが動かすんだもの。
あなたしか、変えられないんだもの。

ただ、悲鳴や助けを呼ぶ声が届くから。
聞いたなら、あなたの側に居るよ。
そして、あなたが歩き出したいと思ったなら
共に歩き出すよ。

なので、セッション中、自ら動きださないような
ことがあれば、その時は遠慮なく、
愛を持って叱らせて頂きます。

わたしの仕事はわたしのファンを
増やすことではなくて
そのクライアント様が本来のご自身の輝きへ
還すことだから。

 
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