その人の良さを引き出す、って本当に魅力的なことだ。
今、クライアントさんのホームページをちょいちょいしてもらっている。
(わたしは構成やアイデアを出すだけで技術的なことはご本人がしております、わたしは出来ません…)
色や切り出しからメニューの再度見直し。
そうするとクライアントさん自身から更に自分に合った文章や情熱が出てくる。
よりクライアントさんらしく、へ。
そこを引き出す。
結果、軽やかさとその人の体温を感じるページになってきた。
とっても、よい。
見ていると気分が上がる。明るく温かく、ユーモアがある。彼女が気がつかないできた本来の彼女だ。(良かったのう、楽しい人に見られたいって昔言ってたけどなれて)軽さはあるが、中身がない訳じゃない。
心地よい風の様に、存在が重くないが人に爽快感は与える、それは感じた人がつい振り向きたくなる、魅力的な実存する意思がある風になった、と言うことだ。
そうすると、ついこちらも応援したくなる。まあ、それが彼女自身と言うことだ。
と言うか本来の自分になればなるほど誰かも応援したくなるものなのだ。
応援される存在になると言うことだ。
それはあるがままの奔放さと快活さと情熱がそこにあるから、だ。
(だから、つい、彼女は最後、心からの笑顔を見せたのだ、あなたにつられて←ミラーニューロンね)
まあこれに関してはホームページだから、見に行けば誰しもやり方は、表面や形は真似出来る。しかしのう、それじゃあ魂入ったページにはなりませぬ。
(もう全力でパクりまくった後だからもう出来ないかしら、ってまだします?あなた方。本当美しく本来あるべき自分への尊厳がないですね…)
体温は感じないよね。そこに本人の意図はないからね。
ましてやそんなからっ風、空蝉のようなページを作る人のセミナーやセッションは雲泥の差でしょう。
昔、あったこのホラー映画は本当に怖かった。ルームメイトが次々に真似して主人公を乗っとっていく。

お化けやらチェーンソー持った男が出てくるよりわたしには怖かった。
なんでも真似して奪っていく。
ぞわぞわぞわ…
(真似する側の女優さんが上手くてマジに怖い)
最高に怖いのは寝起きをエロティックに襲われた恋人が(自分の)彼女じゃない!と気づく時。
それにね、真似する人はね、本来のご自分から対局にいらっしゃる訳でございます。
ある方へ。
あなたの昔の会社での先輩や恩人から言われた、助けられた過去のご縁。
俺の真似をしたらいい、
一緒によくしていこう、的なアイデアの共有はその方々の許可と同意があってのこと。
互いの信頼関係に基づいたものです。
しかしながらわたしはあなたに許可した覚えも同意も何もございません。また信頼なぞ1ミリも、ない。(わたしの善意を踏み躙った泥棒に信頼なぞないでしょう)
恩人との話を美談にしたてあげ、アイデアを独占したらケチくさい、などと一部自分に都合の良いところだけ拡大解釈して弟子に言いまくり
パクリまくれ、と本来の自分を放棄させるやり方は如何なものか。
そもそもあなた自身がそれを率先してしているし。それって恩人方々の善意も踏み躙ることではないのですか。
だからわたしはお勧めしません。
他人を生きるな、
本来の自分であれ。



