自己啓発セミナーや心理系セミナー自分磨きなどで、アファメーション※
- 迷惑かけて いい
- 思うがまま、やってみろ
- もう努力しなくていい
- 頑張らなくていい
- あなたはそのままでいい
- わたしは可能性に満ち溢れた
- 愛されて当然の存在
- 居るだけでいい
- わたしは無条件で素晴らしい
とか、あるようです。
これらはとらえ方によっては間違えではないと思います。
しかしながらわたしが思うにこれらの言葉は暴力(言動)を耐えている妻、夫、嫁、部下、ブラック企業で不当な状況で働いている方々頑張ることでしか自分の価値観を認められない自分を省みず、他人に尽くすことしか出来ない奉仕過剰な状態動けなくなるまで動き続けてしまう燃え尽き症候群予備軍の人、自分を責め続けてしまう人、
そんな心の袋小路に閉じ込められ身動きが取れなくなった方々へガツン!!と、目覚めさせる為の一時的な劇薬かとおもいます。
ちょっと待って!!とハードワーク、ブラック企業で働き続ける人を止める為のもの。それ以上したら倒れちゃう、と言う。しかしこれはあくまで劇薬なのです。
劇薬なので”毒”でもある。なので乱用は禁止です。
しかし状況変われどそれをずーっと使い続けている人がいる。劇薬は刺激が強いのでハイ状態、躁状態になります。またいつも薬の摂取が必要だし、耐性が出来たらそれ以上に強い薬を求めるでしょう。(これがセミナージプシーやオンラインサロンの仕組みです。常に強い薬で酔わせてほろ酔い骨抜きにして帰属させてお金を払い続けさせる。まあお金以上に講師は気づいてないですが、講師が寂しい、自分を嫌いだから他者から称賛されたいと言う承認欲求が元凶ですけどね)
とにかく薬(=見せかけの仲間内での言葉かけ)を浴びたらまるで世の中がひっくり返ったが如くハイテンション。わたしは素晴らしい!!!という感じの。
それは好ましい状態ではありません。人はつい、その様な現象を見て効果が高い、と思いがちですが、逆です。
整体などでも心理セラピーやカウンセリングでも、一回の施術で劇的な効果をうたったものに、わたしは疑問を持ちます。
整体を例に取れば(心も同じですが視覚化出来る方が分わかりやすいので)一回の施術でウエスト8センチ減!と言うようなものは身体に負荷がかかり過ぎていけません。本当に効果がある施術は、施術した日以降もゆっくりと身体に働き続け、徐々に身体が変わっていくもの。
いつの間に…と言うように。
なぜなら筋肉や神経は脳とつながっていて、いきなりの変化では脳が騙しきれず、昔の癖にまた強引に戻そうとします。
変化が大きい分、脳は騙されてくれず、それどころか変化に弱い脳は「これは変わった!緊急事態だ!」と施術により強引に矯正された分、脳が戻すような行動を起こします。(これは心理療法も同じです)
また大きく他者(=清術者)に無理やりコントロールされた状態になることは変動が激しく、結果、身体の負荷は計り知れません。
だから本当に望ましい改善は自らの自助努力も伴うのが良いです。施術もしてもらうけど、自分で教わった体操やメンテナンスも教わる。全て他人任せ、では自分の人生でなないから成長は出来ません。(オイルマッサージをリラクゼーション目的で受けること、や、他者からの優しさをもらう、心理的な解放やリラックスには大変効果がありますが肉体改善ではない、と言うこと)
大切なのは施術後の持続性ある、かつ、ゆっくりした変化と成長です。
一見物足りなく感じるかもしれませんがこれは心も全く同じです。
セラピーでもセッションでも、本人が気がつかない変化にこそ、が大切で、それ見抜き、指摘し、クライアントさんにフィードバックさせることがセラピストの役割の一つだと思います。
ですから心理セラピーや自己回帰セッションなどをした場合、大切なのはセッション後の状態経過です。だから何かあればフォローをしますし、メールで感情の解放を促す場合があります。(心理セラピーはメールフォローはないですので次回のセッションにて行います)
そう言う基本を知ろうとも理解しようともせず、
セラピストやカウンセラーが効果を劇的に見せたいが為に(自分はすごいカウンセラーだと見せたい為?)劇場型、パフォーマンス型セッションへ意図的に誘導しようとしているのを見かけたことがあります。
結果された人は大泣き、カウンセラーを囲んで全員がもらい泣き。人は、特に女性は共感能力※が高いので、女子高生が過呼吸になるとクラスの他の生徒も過呼吸になったり失神したりするように、場の雰囲気に流され、会場は涙の渦になるものです。
それはロックのコンサートの様に。
(しかしこの※共感は伝播に近く、分かり合えると言うより集団ヒステリー、本物の共感は人の心の中に何十年も生き続け人を変える力がありますが、集団ヒステリーはその場で雰囲気に飲まれた、流された一過性のものにすぎません。)
ところであなたはそんな盛り上がりを望んでいますか。
または一時の刺激的なエンターテイメントの演者の一人になることが望みなのでしょうか。
そしてカウンセラーはそれを誘導した主役になりたいのでしょうか。
立ち止まって考えてください。
あなたが検索をしてブログを読んだり本を読んだりセミナー、セッションを受ける目的は?あなたが本当にして欲しいことは、何?
あなたはあなたの心を取り戻すことをして欲しいのではないでしょうか。
わたしの経験ですが、セッションしていて泣いたら効果があるわけではありません。淡々と2時間が過ぎることもあります。なんで涙が出るかわからないけど号泣することもある。セッションが終わってからしみじみと泣く人もいる。最後まで全く泣かない人もいる。
同じ方でも、その時、その時期による。本当に人それぞれです。
真の施術者は例え何十年とセラピーに関わっていたとしてもきっと、これは何だ!?という場面に出くわすこと、新鮮さを失わないこと(=先入観を持たない)それが本当のセッションを行える資格のある人間だと思います。
30年のキャリアがあるドイツのボディワーカーが言っていた言葉はわかりやすいでしょうか。
「人間の身体は神秘だ、未だセッションをする度に未知の反応が出てびっくりさせられる」と。それぐらい人はバラエティに富んでいて、人それぞれの表し方と物語があるのだとわたしは感じています。
だから治癒を目的とするならば、どれだけその人の本音の根幹へいけるか。それがちゃんと拾い切れたかどうか、しかありません。涙や派手さは意味がない。(ある意味派手でも良いということですよ、それがクライアントさんの姿なら)
だってそのクライアントさんがクライアントさんらしい表現を出せたか、だから。
努力しなくて、いい
とか、
自分の気持ちのみに従え
とか、
迷惑かけて、いい
とか。
必要な努力は、むしろ大事だし。自分の気持ちと同じぐらい相手の気持ちを尊重したいし。頼みごとは依頼するのが嗜みだろうし。
嫌なことはやらなくていい
これを成長出来る解釈で対応したなら、
自分を客観視し、自分にとりこれだけは譲れない嫌な点をまとめ、周りの状況を鑑みて伝えるべき人へ誠実に状況と心情を伝える
でしょう。
しかし我儘な解釈ならば、
わたしがなんか嫌だ、やりたくないから自分ファーストに嫌だと言う、拒否する
自他共に生きやすいのはどちらの態度でしょうか。
また劇薬たるわけですからそれらの言葉は刺激が強い。使い続けると、更にまずい場合は、さらに強い言葉を求めることになり…過剰な言葉を求め、結果、行動も日常生活において常識の範囲を超えて逸脱していくばかりです。カウンセラー養成講座の卒業後、そうなっていった人たちを何人見たでしょうか。どんどん変な資格セミナーやビジネス講座へ行ってしまい、カウンセリングよりもスピに、パソコンのスキルだけが上がっていく。そして言動は過激に…と。
ですから、袋小路のような暗闇の中で、
光のように現れた劇薬で立ち止まったそのあとは、
その言葉は一旦脇に置いて、
次は、生きていく力を自分自身の中に呼び起こす成長する言葉へ移行してください。
それの見極めがわからない、
やってるけど上手くいかない、
それは あなたがダメなせいではないです。それをやってもダメなわたし、変われないわたし、と責めないでください。
それは判断が間違っているせいです。
客観的視線が出来ていないせいです。
それ程、あなたの心は傷つき疲れている、と言うことです。
その場合は あなた自身とあなたの変化を的確に見抜いて客観的定点観測をしてくれる施術者を探すこと、それが良いとわたしは思います。
※アファメーション
自分自身へ言い聞かせる為の言葉。ポジティブな内容で、なりたい自分をイメージして行われることが多い。
例文「私は、大好きなことでお金をたくさん手に入れる方法を考えます」「~考えました」
現在系、または過去形での構文でなされる。ただ例文のように願望が真の目的ではない場合は歪みが大きくなる為、使う文章は要確認する必要がある。文章を作る際、思考から生まれた願望は先ず間違えているので一時的に効果がある場合(感情と言葉が合っていると)があるが、後々ゆがみが生じるのでやめた方がいい。



