瞳の奥にいる あなた

わたしはクライアントさんのお名前とメールしか聞きません。(自己回帰はお会いする時のトラブル回避の為に電話番号をお伺いしますが)

それはわたしの中に先入観をつけず
クライアントさんそのもの、を感じたいからです。

何県に住んでようが、
男性だろうが、女性だろうが、
何を見てセッションを申し込んだのか、
はたまた顔立ち、年齢、職業、
それら属性は、属性。ご本人ではないから。

お子さんが小さいから昼間で、とか
男性なら話しかけ方を変える、とか、
仕事の関係で、今は早めに次のセッションをした方がいい、自己回帰で職場での改善策など、状況や特性への配慮や相談にはのりますが。

セッションにおいて、
あなたを通り越した瞳の奥にいる人(ジーン ジェンドリンの言葉)を視るから。感じるから。

あなたの存在そのものの言葉を聴いてるから。あなた自身の存在に逢いに行くから。

だから、時にセッションではクライアントさん自身へも先ずは聴きましょう、と促すこともあります。

瞳の奥にいる人を感じること、
聴こうとすること、理解しようとすること、
それが本心を聴く唯一の方法です。

ただ、本心の声はとてもとてもとても小さく遠い。
自らと解離状態にあった人はずっとその声を無視せざる得ない何かがあったからね。
押し込むことが有益な時代があった。

ただ、もし、自分自身として生きようとするならば、今もそれをする必要があるだろうか、ということ。今もその習慣を引きずり続けるのが、あなたの望みだろうか。

そして、その囁く内容は今、あなたが思っても考えてもいないことの方が多いです。

だって必死に忘れよう、聞かないよう、としてきたことだから。
目を背けてきたことだから。
しかし聴けば、感じれば、
それは どこか何故か懐かしい…声。
何故ならあなたが生まれて来た理由があるから。

だから全身全霊を耳にして全てのエネルギーを注いで聴きに感じに行かなくては。
一歩一歩、毎セッションの度、近づいていかないと。究極の傾聴、とも言える訳です。

では究極の傾聴とはどんな感じか、
それを晩年の河合隼雄が、こう表しています。
カウンセリングとはセラピストが自分を中心に置いて聴こうとすることでクライアントは勝手に立ち直っていく、と。

セッション中、自分は分析せず、
ただ、ほうほう、と言っているだけ。

そして聴く、と。

ただしセラピストがそう在るのは、それはそれは本当に大変なことだ、と続きます。またその究極のセッションを実践しているセラピストがアメリカにいて逢いに行ったらまだ60歳だがやめてしまった。
何故もう辞めたか尋ねたら、自分自身を集中して自分の真ん中に居続けること、そして聴くこと、これはすさまじい集中力と精神力が必要だからこれ以上は出来ない、と。

それは自分も大変納得出来る。
なぜなら自分もカウンセラーとして生涯をかけてしてきたことは、まさにそれを訓練してきたことだと思うからだ、と。

 ※セッションの様子も書かれてましたが、本当に並みの精神力では無理です。
幻覚幻聴障害の方々が目の前で人が頭を自ら壁にぶつけまくったり、宇宙人が攻めてくる等の意味のわからない言葉をわめき続けてたりしてもぶつけるのをやめろ、とも、危ない!とも、一切止めるどころか その人の行為から存在全てを裁かずに、ただただ見守り続ける、ということですから。

そうされて、初めて人は
瞳の奥の あなた=本来のあなた、に氣づく。ずっと前に失った絆を思い出す。
だから一回のセッションから、奥底なんてなかなか出てこないです。
それは心にも時間が必要だから。変な言い方ですが、心にも感情があるから。凍りついた関係を溶かすには時間が必要なんです。また顕在意識のあなた、つまり普段の意識のあなた、が、瞳の奥に逢いに行く覚悟も。

焦らず、ゆっくり近づいていきましょう。解きほぐしていきましょう。

セッションで直に触れて、セッションの合間に更にその心と親しくなって、一つ一つ成長の階段を上がるごとに近づけたり、心も話してくれるようになったり、またあなたも感じられるようになるもの。

瞳の奥にいる あなたはそれを待ってる。
本当のあなたは そこにいる。
それはかけがえのない あなた自身であり、誰の中にも存在するもの。
この世に無駄な命も存在もありません。
意味があるから居ていいのでもない。

逢いに行ってあげましょう。
絆を取り戻しましょう。
あなた自身との絆を。

 
 
 
瞳の奥にいる あなた

Rudy and Peter SkitteriansによるPixabayからの画像

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