やたら攻撃しまくる人、
自慢話ばかりの人、
何か言う一言が嫌味な人、
わたしは可哀想、な話ばかりの人、
人の真似をして手柄を盗る人、
それらの人に共通するもの、それは強い劣等感です。故にそれらをする人々は自己肯定感を持ち合わせていません。
劣等感(※ここで言っているのは、アドラーの言う劣等感ではなく、一般的な使われ方をしている劣等感とします)とは、
自分はだめだ、と自己に対し強い憤りや蔑み、嫌悪感を抱いている状態。
また同じように他者をも憤り、蔑み、嫌悪を感じています。
もし周りにいる、また被害を受けている、
ならば冷静に、それをされると大変苦痛だからやめてほしい、と3回言っても止めないならば
出来る限り接しない、
二人きりでは会わない、
自分から積極的には会わない、
距離を置く、
第三者を必ずいれて対面する、
可能ならばサヨナラする
をお勧めします。
物理的に(学友、同僚、家族、地域社会の一員、何かのグループの所属等)サヨナラ出来ても出来なくても、
対処法は
自慢されようが、
不幸自慢されようが、
嫌味を言われようが、
真似されても、 無視すること。
更に、ここからが重要です。
具体的に無視とはいかなる状態か書いていきます。
あの人にどうせ言っても無駄だから言わない…などと言う相手に合わせた逃げ腰の負けた無視ではなく
あなたの低俗な状態に付き合わないと、
わたしが決めたから、さよなら、と言う決別です。
そんな低俗なものに わたしは影響されない、と言う無反応です。
だから表面的には会わない、
や、無視する、
は単なる避けただけ、逃げただけで、
それでは足りません。
なぜならあなたはまだその人を意識している状態だから。
まだ、あなたの心に かの人が居ます。
それではまだ、その人に あなたのエネルギーを使ってしまっている…。
勿体ない。
あの人の存在自体を忘れてた…居たっけ?
と、ここまでこなくては。
つまり、
あなたの心から存在を追い出して、
その人、その人びと、されたことに対して一切自分の感情も時間も使わないこと
=無視、です。
(※ただし、実際に被害がある、その噂により会社の査定評価等に響く、子どもに嫌な思いをさせる、などの場合は、
第三者の味方になる信頼出来る人物に率直に相談しましょう。
慌てず騒がすに、自分の現状を冷静に事実だけを端的に話しておくこと、です。
コツは状況をリアルタイムで共有してもらう。すべきは攻撃ではなく身を守ること。だから憶測、感情は抜き、です。)
職場、グループ、サークルなど、
どうしても付き合いを継続しなければならない場面では、その人が話してる間は心の扉を閉めて自分の好きなことでも考えていてください。物理的に側に居た、としても、あなたの心は自由だから。
しかし弱い犬ほど吠えます。
そして自分で考えようとしない依存タイプ人間ほど学習しませんから(真の学習とは自立したものだからです)壊れたラジオの様に、くだらない悪さを繰り返すことでしょう。
そこで、
つい情にほだされたり、
わたしも悪いかも…
とか、
仕方ない、腐れ縁だなどと
諦めてはいけません。
負けてはいけません。
強い意志を持ち、
何が自分にとって大切かを考え冷静になりましょう。あなたはあなたで強くならなくてはいけない時です。搾取してくる人から自らを守る、という強さを、です。
ロクにあなたを知りもしない人が
向こうが勝手にライバル視してきて、
あなたの ありもしない噂を流すこと、
あなたを真似する、手柄を横取りする、自慢ばかりする、
これは、
あなたが羨ましくて仕方ないのです。
逆に美辞麗句を並べ尊敬してます、
などと根拠なく、または心からの賛辞ではなく褒めまくる人も要注意です。
いわゆる誉め殺しというやつです。
これは、実はこの人になら勝てる、と実は心中は軽んじているから、表向きは褒められるのです。この手のタイプの人は本当に負けた、悔しいと感じている人のことは決して言葉に出さないです。
(ついでに人を認めて褒められるなんて良い人、とも見られることも期待して)
それらをする人の共通の根底にある氣持ち、それは繰り返しますが強烈な劣等感です。つまり、自分の劣等感をどう受け止め、理解して表現するかで態度が変わるだけで色々なタイプが派生します。
例えば、劣等感に対し、
過剰な自信で(=根拠なき自信)認知を歪めれば、出来るわたしよりスゴイのは許せない、と強氣な態度や攻撃に転じる形になりやすい。
他には、
どうせ出来ないわたし、と自分を矮小化する人は、自分自身を認めていませんから、その悔しさで、相手も同じように妬みバカにします。そういう人は本当に敵わない相手こそバカにします。
自分が攻撃から身を守る、自己防衛行為の為の誉めを行うでしょう。
受動的攻撃※の一種です。
(※受動的攻撃とは他者と自己が混乱した状態を指す。両面感情に溺れており、自律していない。最初は従順に見えるがいざとなると反抗を示す。
受動的攻撃の具体的な例として:
部下に仕事を頼んだ、
返事だけは良いがいざふたを開けると何もしていない。または遅刻や、いい加減、中途半端に仕事を行う。
友人の集まりで次の飲み会の約束で調子の良い事を言っていたのに、ドタキャンする。
要は、言葉などで明確に嫌だ、と拒否をしたり主張をしない代わりにサボりや急に不都合になることで抵抗する
→夫婦間では夫の家事によく見受けられます…)
話を戻しまして。
あなたを本当に好きな人、あなたを愛した人ならば、変な噂を信じることはありません。
だから、こんなことされた、と。
同じように酷いことされた、と騒ぐのではなく信頼に値する人に相談する、悩みを打ち明けること。
繰り返しますが、
その際、あの人があんなこと、ではなく、そう言われて わたしは悲しかった、と、自分の感情を率直に、しかし事実のみを冷静に。
具体的な落ち着き方を書きます。
感情がモヤモヤして難しい場合でも、間を開けたら誰しも少しは落ち着いてきます。その際、ただ黙っていたりしてもぐるぐる思考になりやすいので、こちらの音楽を聴いてみてください。その際、可能なら音楽にリズムを合わせ、呼吸も合わせること。歌詞もある曲なら歌うのも良いでしょう。

そもそも劣等感の強い人は混乱状態(認知が歪んでいる)のため本当の意味で
まともな話は通じません。
速やかに離れてください。
また繰り返しますが、
この手のタイプから身を守る方法は見抜いて逃げるしかありません…共に居ても一緒に混乱の嵐に溺れるか、嫌な想いを重ねるか、だから。
ところで、
では一体なぜ、その人たちは手段は違えどさまざまな手をつかいあなたに近づいてきて混乱させたりするのか。
それは あなたがその人にとって心から欲したモノ、切望しているモノを持っている、と感じて羨ましいからです。
妬んでいるからです。
だからこそ相手は、あなたに同じレベルまで堕ちて欲しいと思っています。
そうやって
あなたに甘えているからです。
寂しいのです、苦しいのです。
わたしが苦しいのに幸せそうにしてるなんて許せない。
自分と同じ自分を責めて苛める人になって欲しい、いや、自分より更に酷くなって、
わたしより下にも人がいる、
そうなってわたしを安心させてくれ、と しがみついてくるからです。
それぐらい哀れで惨めな状態なのです。
劣等感が酷ければ酷いほど…
強ければ強いほど…
寂しいひとたちですからね、無視、
それが一番こたえる筈です。
そもそも憎まれてすら関心を引きたいのだから。
それぐらい愛に飢えている。
そして彼ら彼女らが一番ダメージを食らうこと、
それは あなたが幸せになること、です。
あなたの大切な人と共に幸せになってください。
それが最大の復讐です。
彼ら彼女らになんらかの攻撃や報復を行うことではないのです。それは彼らの投げたボールを受け取り返すことですから、
どんな状態であっても、
心底嫌だ、大嫌いだ、という顔であっても
罵倒であっても、彼らは嬉しいのです。
それすら反応してくれている、彼らに関心がある、心が動いたことだから。
だから彼らの悪事をバラしたりすることに意味はありません。反応したら、そこから引きずり込まれますからね。
それは誰しも人は皆強いのだから…。
だいたい自分は惨めだと人を恨みたい、妬みたい、混乱させたい、とその人が決意しているならそれは変えられない。
その人がいつか自分の中にある劣等感と正面から向き合う覚悟が出来るまで誰にもどうにも出来ないのです。
だから中途半端な関心を持ち、
同情で付き合うこと、
関わること、が愛情ではないのです。
その状態にある人に反応してしまうと、その人は そう行動したら誰が自分を見てくれると勘違いしてしまう。
元夫もそうした人でした。
彼が2歳半の頃、義理母が弟が飲むミルクを用意したら必ず飲んでしまう、という話です。
義理の母は結婚した時に何度もこの話を得意げにしました。
どんなに高い場所や中身を変えても夫は嗅ぎつけて飲み干してしまってなんて酷いお兄ちゃんだ、と。(彼女は夫の悪口を常に得意げにしていました。悲しい話です)
わたしはそうは思わなかった。
2歳半だったその子は(元夫)どんなに必死だったのか。胸が張り裂けるように悲しい話だと。
本来なら、義理母はただ、
ああ、お兄ちゃんは赤ちゃん返りになるぐらい淋しいんだな、と氣づいてあげ、
弟より先に、
弟には内緒よ、
たまには特別にあなたも飲みたいね、と、ただ、ミルクを満足いくまで心が満たされるまで飲ませながら抱っこしてやれば良かった。母さんは あなたのことも忘れていないよ、と伝える為に。
しかし実際は自分がミルクを作る手間かミルクをケチったのか、ひたすら夫が飲まないように必死で攻防を繰り返した。
だから彼はいまだに関心を引いて欲しいという人にこそ嫌がらせを無意識にします。
それこそ必死に。
それがお母さんが自分を嫌でも反応してくれたことだから。彼にとっては成功への思考パターンなんです。
だから愛を持って、
それは違うのだ、その方法は間違えている、と伝える方法は無視しかないのだから。誰も居なくなって初めてその人は自らを振り返えろうとするでしょう。
そして、もし、
いやいや わたしこそ劣等感に偏った状態にある人だ※(劣等感の固まりの人、は、いません。偏った状態なだけです。)
ならば、
過去を振り返って心の傷を癒すこと=誤った思考パターンに氣づき、その思考パターンを創り出した感情を昇華し、
今を生きるに過去の誤った思考行動パターンを繰り返さないよう、
あなたの現実世界で失敗しながらも身につけていくこと、
それが あなたの幸せの鍵、です。



