仕事探しは”王様のレストラン” 的職場を選ぼう

最近の三谷幸喜は…
語り出すと長くなるのでやめます。
が、初期や、昔の作品は大好きです。
その中でもキャストといい、
作品の暖かさでもピカイチは”王様のレストラン”かと。

話のストーリーは単純と言えば単純。
オーナーシェフが急逝後、元一流フレンチレストランの経営は傾き、
やる氣のない社員の一団をオーナーシェフの隠し子である若いオーナーと
オーナーシェフの親友のギャルソンが立て直していく、という話。

若きオーナーの素直さと愛情でお店と従業員をやる氣にさせ、知恵袋であるギャルソンは知識と叡智にオーナーを支えます。
それは感情(オーナー)と知恵(ギャルソン)という両輪のリーダーを兼ね備えた経営状態となります。

これはドラマですが、
実際の企業も良い会社、
風通しの良い会社、
社員がイキイキしている会社には
お二人の様なリーダーがやっぱりいるのだと思います。

この物語の見どころは、
そこに集う12人の登場人物の個人個人の
変化とそのバラバラだった人々が仲間となっていくところだと思います。
物語が進行するにつれ失敗を乗り越え、
自信を取り戻していくのですが
誰一人、欠点がなくなる人はいません。

ただ それぞれが自分自身に自信を取り戻すことで心に余裕が生まれ、
「あの人はああだから」と周りの人を欠点も受け入れてくれ始めます。
すると本人も自分を、そして受け入れてくれた人を受け入れだす。

すると欠点は愛嬌に変換されていきます。
そして その人の”味”になっていく。
最初から最後まで、皿を割ってしまう皿洗い担当の佐々木君は皿を割り続け、
エロおやじの梶原さんは、最後までマジック好きなスケベおやじです。

そんなところが、”あの人らしい”に変わっていき、前は10回割っていた皿が8回ぐらいになったり、割ることで場を和ますこともたまーにはあったり、スケベなんだけどオープンな感じで憎めない愛嬌が助けてあげたくなったりします。

そうすると本人たちの失敗に対して恐れが減っていくので、のびのびと働けるようになっていきます。
結果、先ずは自分が出来ることを一生懸命にやるようになっていく。

余裕が生まれる→無駄な緊張しなくなる→失敗が減る→余裕…

という良い循環を産み出す職場となっていく。

だから各個人個人がより、本来の自分が発揮できるようになっていきます。
またお互いを受け入れ合うことで、仕事も一丸となって同じ方向を向いて
行うようになる、つまりチーム、仲間としてお互いをかばい合い認め合う共同体となっていく。

人の本性は、自らの如実(真実の姿)に向かい、より良い自分自身へ向かって創意工夫と努力を重ねて成長していくことです。

ただ欠点をそのままに、
ご都合主義のなんの努力もせず、
ただ欲望のままにしたいことをして
例えば、お腹いっぱいになったら、そのままご飯は食い散らかす※
会いたくなくなったらドタキャン、
そんな自分のやりたいことを他人の迷惑も顧みずただやる、それが”あるがままのわたし”、自分のワクワクに従う、要求に素直になる、などと言う
大間違えなものではありません。
昨今ネット上で一部の自己啓発やカウンセラーや生き方の提唱がこの観点から発信していることも多く非常に憂う事態です。

※ご飯が食べれないのを無理やり食べろ、と言っているのではありません。
食べきれないなら綺麗に取り分けて後で頂く、他の人に食べてもらう。
それが食材になってくれた、作ってくれた、命、人、に対しての礼儀です。
物や食(他の生命)を尊重が出来ない人は人も自分も尊重出来ないはずです。
また会いたいか会いたくないか、大人なら最低1週間前には判断をつけて相手に
早めに連絡して迷惑をかけないということが必要でしょう。

ここ数年、バラエティ番組は人を嗤ってはいないでしょうか。
笑うでなく、嗤う、です。他人に対しても、自分に対しても。
そしてひな壇芸人さんもワイドショーのネタも何か悪い人間を断罪する方向です。
コメンテイターと名乗る人は何を持って人を裁いているのでしょうか。
やったことは、悪い。
確かに悪いことだと思います。

でも一斉に直接の知り合いでもない我々が
高みの見物とも言える状況で
「それは悪いことだ、駄目なことだ」と叩いていくこと、人格バッシングすること、
それを何度も公共の場で繰り返すこと、は果たして社会をよくするのでしょうか。

またそれを何氣なく観ている視聴者も同じような視点が身につかないでしょうか。勿論、子どもがも、繰り返し観ることで、それが大人のやり方だ、と
学校のクラスメートでも、会社でも、ネットでも、してしまわないでしょうか。
テレビを観ながら、ネットのニュースを観ながら断罪することを繰り返していると、脳科学上、それは習慣化してしまいます。

それがむしろ一番、怖い。

それに慣れてしまうと、知らない間に自分自身、家族、同僚、友人への眼差しも似たような切り口で考えてしまうから。

裁判員制度で呼ばれてしまった時、
困った人が署名を集めている時、
それ以外はそういったバラエティ化した情報へアクセスするのはやめておいた方がいいのかもしれません。

そんな風に社会には色々な場があります。
みんなが観てるから、みんなが言ってるから、ネットで話題だから、有名だから、
安定してるから、大きいから、ではなく、
だからこそ、自分で自らが居る場所は自己責任によって選択しなくてはいけません。
また選択権は あなたになるのです。

ネットでの断罪、それに類似した場所(職場、学校など)を選んだとしたら、
あなたも、あなたの同僚も上司も部下も心地よく仕事をこなせません。

職場に居る時間は、生活の大部分を占めています。その時間をお互い受け入れ合って過ごすのか欠点を探り合って過ごすのかは重要なことです。

だから、仕事を探すとき
これがやりたい、と職種や会社があるならば、それを目指すことは良いことだと思いますが、でも特にないならば職種、条件、給与、休み、などの条件以上に、

どんな人たちが働いているか、
で職場を選んだ方が良いです。
(重要度が逆だということです)

15万ないと死んでしまう、
なら別ですが なんとかやりくりで10万で当面可能ならば
20万の会社より、10万だけれども、そこで働く人が良さそうなところ、雰囲氣合いそうなところを選択するのが望ましい。

ただ、注意が。
その人が良いかどうか、を感じる感覚が、悩んでいる人、身体に怒りが溜まっている人(無意識にでも)本来の自分自身ではない人、は正しい感覚にアクセスできない。
感じることが出来ない。

もっと頑なな人(=傷付いた人)はそれを間違って選んでしまったり、あえて望まない合わないところを選んだりしてしまいがちです。ブラック企業にばかり行く人とかいるでしょう?
過去と同じ環境を作りたくなったり、自分を罰したくなったりする方もいるのですよ…本当に、これは わたし自身も過去に何度も繰り返してきたのでとても良くわかります。
これは会社だけでなく、友人、夫、妻、を選択する時も同じですけどね…
(遠い目・°・(ノД`)・°・)

セッションではクライアントさんのエネルギー状態でわたしは相性を観ます。
占いとかではなく、その方のエネルギーが通り、身体の空間があり流れが良くなる人、場所、企業を感知できるので。

就職前、結婚前、迷い悩んでいるようでしたら是非お問い合わせください。
(結婚前は是非…。相手を間違えると本当に人生が真っ暗になります
↑過去のわたしに言ってあげたい…)

仕事探しは”王様のレストラン” 的職場を選ぼう
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