幸せとは、安らぎとは、どうして創り上げていけば良いのか

生き辛さから脱出する為の提案
この記事は約3分で読めます。

相変わらず怒りを溜め込み、
そして悲しい人だね。
好きでない人を好きだと勘違いしたままなんだね。前もそう、今も同じこと。
そうして本当の気持ちを永遠に遠ざけた。

終わってないよ、なにも。

 

本当に幸せなら氣がそれは穏やかに暖かく、拡がっていってる筈なのだが、
あなたは更に強張ってる。
色々幸せだと言うエピソードをいくら文章で紡いでも、わかるんだよ、わたしには、あなたの氣が。
氣は嘘をつかない。
いや、つけない。

 

だから強情張って人に負けたくない。
あいつには負けたくないから。
それで鎧で固めてついには自分の気持ちも完全に封じ込めただけの話。

あなたが今、心が揺れることや乱れることがなくなったのは、それだけ。
自分のミスリードを認めない為に意固地になり、より本来の自己から遠ざかり決別したとは、なんと悲しい人だろう。

 

それはまるでひっそりと儲けている資本家の様。

経済学者の森永卓郎さんが話していたこと。
六本木ヒルズではなく、その裏方でITで儲けている資本家の人々と会うことがある。

その人々は一生使いきれない金を手に入れている。しかしでは隠居しよう、とも思わない。一円も減らしたくないから。
もっと増やしたい。ただひたすら増やしたい、と。そしてその人達は使い道を持たないのだと。
だから私はその人々の中に幸せそうな人を見たことがない、と。

 

そうなのだ、だって彼らは使う為に稼ぎたい訳じゃない。
増やしたいのだ。
いや、本当の気持ちは恐怖と不安。

 

減 る の が、怖い

 

だから走る。
永遠に追い立てられながら。
お金を稼ぐ方法は知っていても使う為の自分自身の中の感情がわからない。

お金の使い道に人間性が出るのだから。
彼らから人間味を感じられない。
金を稼ぐ飢えしか知らないモンスター。

 

そして彼らはそれに気がつかない。
自分がしてるのはゲームだと思ってる。
数字のゲーム、勝者のゲーム。
数字上は勝っているから。

 

でも不安に追われているのが勝者だろうか。こんなことを書くと富裕層に対する僻みか、と言われるんだろうか。

 

稼いだら成功か。
成功って幸せ?
したら幸せなの?
本当に?

わからない、わたしには。

 

成功者のAmazonの社長も、 
グレタさんも、
有名な書道家も、
氣は良くない。
成功してるけど、だからその人たちから幸せを感じない。幸せな人の氣は違う。


わたしは幸せの一つは安らげることだと思う。
追い立てられないことだと感じる。

追い立てられるってことは今に生きてない。未来の不安の中に生きてる。未来と言うまだ来てないバーチャルな時の中で、地に足が着かない情報で。
そんな浮き足だった人が安らげるとは思えない。

 

幸せとは心の有り様。
安らぎがある時、それは受け入れられる許容範囲が拡がっている時。

 

安らぎを感じる為には自立しなきゃいけない。自立とは孤独でも、一人で奮闘しなきゃいけない訳でもない。
わたし個人として境界線を持つことにある。

 

個々人として、一人の自覚とそれぞれの人の認識が正解に出来た時、その場のバランスが見えてくるのだから。
そうしたら、誰かだけに負担をかけていないか、それぞれの持ち味を活かしている集団となって社会を構成しているか分かり出す。
そうしたら自分のやるべきことも見えて来る、それをする、それが自立だと定義したい。

それがわかれば過度な緊張が解けて、働きかけが上手くいけば安らぎになるだろう。

そこにあなたは居ますか?