”痛み”の役割とは

SCN9Aの遺伝子に異常をきたすと
身体の痛みという知覚システムが異常をきたし、
『無痛症』 か 『激痛症』
このどちらかに
なってしまうことがわかっています。

 

無痛症の人の症状は全くの痛みを感じないこと。
他はまったく変わりありません。
暑さ、寒さ、愛撫、くすぐりは、
わかるのに金槌🔨で指を叩いても圧迫はわかるけど
痛みだけは、なし。

 

では反対に激痛症の人。
こちらも暑さ、寒さ、愛撫、くすぐりその他もあるけれど
突出して痛みの知覚感覚だけが異常に鋭い。
なにしろ赤ちゃんの頃、ミルクを飲んで腸が動き出した、
その動きがすでに激痛。

 

次は、口についたミルクを優しく布巾で拭われた、
これも激痛。
両方とも通常の人間なら心地よさを感じることが
地獄の門を開いたがごとくの激痛なんだそうです。

(この病を引き起こす異常遺伝子は
劣勢遺伝子※にあたるので滅多にない、
というよりもある土地に多い病となっています。
薬が一切効かないので本当に大変な病だと思います)
 
もし、あなたがどちらかを
選ばなければならないとしたならば
どちらがいいでしょう。
 
かたや、無敵のような無痛症と
もうすでに息をすることすら恐怖に思える激痛症。

 

知覚を感情に置き換えたとしたならば
喜怒哀楽中、無痛症はまるで、怒哀がない”喜楽”
激痛症は”喜怒哀楽”という感じでしょうか。

だとしたら、無痛症が良いように感じるはずです。

 

しかし統計上、ほぼ間違いなく激痛症の方は
普通に仕事をし、結婚、出産
(本当にどうなるのか、こちらが怖いぐらいです)
と通常の人生を送り、平均寿命よりも長く生を全うされます。
常に苦痛を引き起こす発作に生涯見舞われるにもかかわらず

対し、

 

無痛症の人はほぼ長生きをしません。
痛みを感じない以外は全く変わらないのに
長く生きて20歳に届かず10代半ばまでに命を落とす。

病や傷に氣がつくことが出来ない為です。

 

わたしたちは通常、
痛みなんて、心にあっても体にあっても
不快に思い、なくていいもの、いらないものと
ついつい思ってしまいますが
その方々を思うに、
”なんと痛みに守られているのか”
と、感じます。

 
と、記事を書いていましたら、
テレビ番組で、慢性的な腰痛などに対し、
新しい治療ということで『認知行動療法』が
取り入れられている、ということが紹介されていました。

 

これも痛み、ですね。

 
腰痛の要因は様々であり、
打った、捻った、などの物理的な痛み(にも、
筋肉由来、骨由来、筋由来、その他とあるでしょう)
内臓疾患からくる病魔の痛み、
また、心理的要因からくる痛み、もあります。
(大抵、腰に溜まるのは”我慢”か”怒り”が多いです)
 
物理的な痛みには、物理的な治療対応ですが
認知行動療法が可能なのは、
主に心理的要因のものかと思われます。

 

ただ、わたしが提案させていただくならば、
『認知行動療法』+『痛みの原因の解消』
という二本柱での提案をしたいと思います。

 
認知行動療法は、痛みを受容するのではなく
痛みについ意識が向かってしまうのを、
行動や習慣によって快とする方へと意識を向けるものだから。

 

これはこれで素晴らしい治療法です。
プラス、更に痛みの原因、をも見ていくことで
根本治癒へと向かうだろう、と わたしはとらえるからです。
 
 
まとめますと、
痛みとは個人を守るアラート、
何か間違っている、何か無理をしていると
本人に氣づいてもらうためのサインである。
とも言えるのです。

 

痛みは、つらい。本当に、こんなに痛いぐらいならば
いっそ、そう考える程につらいです。

 
ですが、その痛みを敵として捉えてしまうことは
「わたしは真っ白でありたい」
「清さ100%でありたい」
と、同じであると言えるのではないでしょうか。
ある意味それは、
”心の無痛症”を目指しているのと同じこと。
 
 
やはり物事はすべてが陰陽のバランスです。
陰には暗さもありますが、
眩しい部屋では充分に睡眠はとれません。
つまり休憩と育みという一面もある。
陽は明るいですが、すべてがさらけ出される厳しさもある。
部屋に壁があってその壁に外部からの視線を
遮断されたら、ほっとしますよね。

 

 

痛みや、嫌だから、ダメだから、と、
なかったことにしてしまうことは
ある意味自分自身の半身を否定すると同じ事。

 

若くして命を落としていく、無痛症の少年たちが
身をもって教えてくれているのではないでしょうか。

 
※劣勢とは、弱い遺伝子で、
両親の双方から引き継がないと働かない遺伝子のこと。
その為、いとこ同士の婚姻がいく世代も重なる地域で発生しやすい
 

 

”痛み”の役割とは

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