たまには心理セラピスト的記事 ”親とは何をする人か”

家庭とは、なんでしょう。

自分一人では生きていけない
赤ちゃんには命綱、

身体の発育と社会的知恵を
学ぶ大人になる準備期間中の
3歳から16、18歳までは、
社会規範を学ぶ練習の場という
役割も加わります。

親とは、
その家族、家庭をどう創り上げ、
存続、運用するかを決定する
構成要員であり、

その中の、
父という役職、
母という役職なわけです。

単なる役割なので、

親だから、

何でも言うことを聞きなさい
あなたは〇〇を習いなさい
あなたはこうした方がいい
あなたはこの大学行きたいのよね?
あんな子と遊んではいけません

などなど。

1)上から目線で接すること、

2)子どもの本心を無視して
親の価値観を押し付けること、

は、人格への越権行為です。

肉体的、精神的にまだ幼い子どもを、
保護し、教育をする義務はありますが、

人格において
命においては、対等だからです。

何かが、出来ないこと、
考えが、未熟なこと、は

❌=駄目な人間

ではなく、

⭕️=成長過程の途中、

であるに過ぎません。

そして、教育とは、

上から一方的に(どんな関係でも
立場でも、命から見たら対等です)
行うものではなく、

社会規範の教授、
その中で、自分はいかに生きていくのか
氣づきの促し及び、自立支援に 
すぎません。

子どもが学び、身になるまで
繰り返し、主旨とやり方を
根氣よく、諭していく。

ですから、教育より
わたしは慈しんで 育む、を
とりたいですね。

しかし、どちらかといえば
親や、(先生や、上司など含む)
強い立場の人間が
その権力と立場を悪用し、

子ども本人の心を無視して
「親の思う通りの人生を
子どもに歩ませるように
子どもをコントロールすること」
を、しているように感じます。

また、自分(親)の寂しさから
子にしがみつく(独立させない)、

虐待などは、自分の苛立ち、忿怒、
を子に吐き出す。

あれは大人になりきれていない毒親が
究極、子どもに甘えている図。

再掲載 “毒親 虐待サバイバー”の あなたへ
わたしも残念ながら親、教師等からの虐待サバイバーです。 具体的な体験を書くと気分が悪くなる方がいると思うので書きません。が、だから あなたの気持ちがよくわかる。15歳までは、本当に生きた場所=世界、で。子どもにとっては、それが世界の全てで、...
 
親が、子どもを親代りにしているのです。

この様な状態をセラピーでは
総じて「絡みつく関係」と呼びます。

親が、子どもにバレエをさせたい なら、
先ずは、そのご本人(親)が
バレエすればいい。

親が、子どもに
その中学を受験させたいなら
その親が その中学の先に目指してる
大学へ社会人入学、
企業へ転職活動をしたらよろしい。

と、わたしは思います。

だって、
親が、したいんでしょ?
望んでるんでしょ?

今は社会的に自由が増えました。

50代だろうが30代だろうが
目指せますよ。
(入社出来るかは本人の努力次第ですが。
またプリマドンナで生計をたてることは難しいですがバレエの先生ならありかもね)

京都の変身写真館では
舞妓さんになりたがる方の中には
実は60代の人もかなりいる、と
お店の方が言ってました。
昔からの夢を叶えたい、とのことで。

自分(親)が、自分の欲望を
押さえつけ、
その抑圧された感情や希望を
子どもに押し付けてないで、
自分がされたらよろしい。

と わたしは、
強く、強く、強く、思います。

しかしながら、自分はやらないで
子どもに夢を託すのは、
親である方に理由がある。
それは別の時に書きたいと思います。

話を戻しましょう。

早くやれやれ、とか
無理矢理 勉強させるより、

親が本氣で夢に向かい努力する姿を見れば
子ども 自然と やる氣を自ら喚起するでしょう。

我が家では、子どもが宿題している
隣で わたしも勉強したりしますし
さぼれば、子どもから叱られます。

そうしたら、子どもはのびのびと
子ども自身の希望と目標に向かえます。

その子ども自身の希望と目標へ
向かうにはどの様な方法があるか、

大人の あなたなら、
子どもより視野が広いはずです。

誠意を持って、様々な可能性を
子どもが望む情報を提供したり
それに向かう方法など提示して、
子どもを導いてあげてください。

 
たまには心理セラピスト的記事 ”親とは何をする人か”
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