自己実現した人の実例、そして至高体験とは、とても個人的な、その人にとってだけの体験

テレビでたまたま見かけた方ですが
とても分かりやすい自己実現の道を歩まれていたのでシェアしたいと思います。

その人は独身の男性、会社員、都市近郊のマンションに住んでいました。
日々、会社とマンションの往復で終わってしまう…という暮らしをしていました。

ところがある日、関東に大量の雹が降り、
それまでまったく関心がなかったのですが
その時はなぜかふと、駅前の雹を雪かき(雹かき?)しようという気になりました。この雪では人が歩きにくいから、そう思ったそうです。

そうしたところ、実際に自分の綺麗にした道を安心して通る人を見た時、身体から電撃のように今まで味わったことのない喜びが内から出てくるのを感じます。

言語化すると、
”自分が人の役に立っている!!”
だったそうです。

この衝撃が彼の次なる行動をもたらします。

その喜びが忘れられず、
そうか、なら今度は早朝、駅前のごみ拾いを行おう、そう思いつきます。
そうして一人黙々とごみを拾っていて何か月か経った時、一人のアメリカ人が声をかけてきます。
「わたしもやりたい」。
そうして二人はごみを拾いだします。

そのアメリカの方はこう言っていました。

”わたしは黙々と一人でそうしている彼を見ていたら、とてもすごいな、と嬉しくなった。自分もそうなりたい、と参加した。参加しているうちに、わたしはこの国の生まれではないけれど、ここが故郷だ、そう思える友情と想いを自分の行動から手にすることが出来た。”

そのうち、二人はこんなに気持ちの良いことを自分たちだけで独占するのはもったいない。もっとみんなにこの喜びを知って欲しい、と思い立ち、一緒にやりませんか、というビラを配りだします。

 

「みんなで自分の街を綺麗にしませんか?」
一年以上たって、1人が2人、
三年経つとそれが10人、やがては30人となっていきます。
その活動を通じて彼が得たもの。

それはたまたま住んだ街、というのではなく自分自身の街という自分のホームタウン化、と自分自身の手で街を変えられる!とうい自分自身の力と自信とそれを通じた自分への信頼感、そしてそれを共に喜ぶ仲間です。

そのうち仲間の中に植物の得意な人がいて、駅前の花壇を手入れしよう、とごみ拾いから花壇の手入れ、やることも更に広がっていきました。

そしてある日、
彼が花壇を手入れしている時、
一匹の蜂がその植えた花の蜜を吸いにとまりました。

”自分の植えた花がミツバチの役にたっている!!”
また彼の心が震えました。

その震えは、こんな都市部にもミツバチが居るんだ、という感動、
そしてミツバチへの敬愛(自分から他者、それは人間外の生物への関心=心の広がり、心理学的に言えば認知の広がり)なんです。

そうか、今度は蜂を飼ってここの特産の蜂蜜を作ろう!!

蜂買いの資格、そして自分のマンションの一部に蜂箱を置きたいとマンションの住民に許可をとる活動を始めます。
説得に一年かかったといいます。

けれど彼には今まで培ってきた信頼があります。ダメ、と言われようがあきらめることはありません。今度はこう言ってみよう、この資格をとって安心してもらおう、
創意工夫をしていきます。
断られてもあきらめません。

これがレジリエンス力です。


こうしてマンションの一部に蜂を飼い、蜂蜜を作り、街の飲食店などにこの街特産の蜂蜜での料理を作ってもらったり
しています。

実はこの人には吃音の悩みが幼少からあり、資格職でしたが、面接などがうまく行かず、希望の会社に入ることが出来ないという挫折経験がありました。

しかし誰かの役に立ちたい(ごみを拾う、雪かきをする)行為を通じ、自分がだれかの笑顔を作っているんだ、という自分主体の体験の喜び、そしてその体験を語る、ということをした時、自分から吃音が消えているのに気が付きます。
それは、ああ、心からの言葉なら、自分はスムーズに言うことが出来るのだ、ということでした。

そうだった、自分は最初は住んでいるだけ、という受け身で暮らしていた街だったけど、ごみを拾う、という能動的な行動を通し、自分たちでも街を変えていかれる、という主体的な気持ちが生まれただけでなく、その街は第二の故郷に自分でしてた自信が自分から吃音をなくしたのだ。

もう面接にコンプレックスはありません。

活動を通じ、念願の街づくりをコンセプトにした建設事務所に転職が叶いました。
そして更に国際的な活動をしたい、とごみ拾いを通じて出来た仲間から英語を教わり更なる夢に向かっているそうです。

これは彼の10年ぐらいに渡る彼だけの物語。


セッションしていないで彼をテレビで見ただけですが、彼の軸は”共生”だと感じます。実際に わたしは彼にアクセスして本人の身体に響かせたら通ったのでその言語で当たっているでしょう。
(セッションでは言語を使って言葉を出していきますが(この割り出しまではマニュアル化出来ますが)その後の身体に響かせて本人と照合し、より的確な言葉にする部分はマニュアルではなく才能がないと無理です。才能があったとしても正しい努力をしないと無理です。才能はあるだけ、では意味はなしません。
しかもこの部分が一番大切です
セオリー通りにして出した言葉は(大抵のエセコーチやらがそうなんですが)クライアント自身、または施術者の独りよがりの言葉の可能性があります。出したらきちんと相手の身体に響かせて、施術者はそれを自分のアンテナで確認出来て初めて言語化が可能になります。これが響き合うセッション、施術者がいる意味があるワークとなります。心理療法においても同じです。エセ施術者がやると本音、がズレてるケースがほとんどなんです。これは大変危険です)

 

こう書くと彼の物語がすべてが順風満帆に見えるかもしれない。
けれどわたしは違うと思う。
ごみを拾っている時、邪魔そうな目線をしてきた人、チラシを配っても無視、くしゃくしゃにして捨てた人、
実際にはそれの方が多かった、と思います。

雪かきした道を威張って歩きお礼も言わない人が大半だったでしょう。でも2割の人が彼に振り向いてくれたんだと。

それはね、誰しもそうなんですよ。

2:6:2の法則

2割はあなたが好き。
6割は好きになるかも、嫌いになるかも、条件によりどちらにも。
2割はあなたを嫌い。

これはバランスの法則だから仕方ない。

これは人間だけでなく、自然の法則なのですべてに適応されます。腸内フローラからアリの世界まで。黄金率とこうした割合と自然界には無秩序ではなく決まり事が調和をもたらします。また調和=美、です。

 

どんな人気者でも、テレビのスターやセレブでも、そう。
ただセレブやインフルエンサーはキャパが大きいからそう思うだけで、100人いたら20人振り返ってくれる、の割合は同じ。

けれど心にトラウマがある人は振り向いてくれない6割に、
悪態をつく2割のことばかり見てる。
で動けなくなったり、他人を怨んだり、羨んだり、する。
けれどそうして損するのは、実は自分なんだよ。
だって動かない、つまりはやりたいことをしない、
怨んでるなら、羨んでるなら、自分でごみを拾いだすことを
したらいいのに。

まとめて言えば、
建設的な行動に出来るか、それとも悲観的な行動になるか、
どちらをとるか、ってことだ。

 

人生は山あり谷あり、だ。
が、長い人生を見たうえで、割合としてだよ?
建設的な主体的な生き方をしたか、
悲観にくれて行動しなかった、または他人のなすがままに生きたか、どちらが多い方があなたにとり幸せなのか?
よく変な宇宙系?スピ系?自己啓発系?心理系?
なんでも良いけど、ミラクルってやつ。
よく読んでみようよ、中身を。
すさまじく受動的な内容だよね。
それは本当のミラクルではない。
今日書いた記事の彼の物語と比べてみてください。
それをミラクル、とか、癒された、とか、安心した、
とか言っているのでいいの?

 

今度の記事はなぜエセカウンセラーのところに行くと
感想が安心した、ほっとした、なのか
について書きましょうか。
その手の人たち好きなそのメカニズムを使って解き明かしてみましょう。

 

話を戻します。

マズローが言う至高体験とは、こうしたものを言います。
(彼の物語で色を変えときます。
黄色の文が至高体験)

別に他人からしたら対したことに思えないような、
(彼で言えば、”雪かきした”、”植えた花に蜂がとまった”)
しかしその人だけにとっては内側から雷が出たような
内側からのノックされたようなショック状態のような、
恍惚体験と言ってもいいでしょう。

この想いをもう一度、そう、自分と他人の為に、
ひとつづつ、していく中で、時に思いもよらぬ仲間参加の声、
そしてまたはなかなかうまく行かない中でも粘り強くやり続けられたのはその内なる喜びの為です。

これこそが、本当のミラクル体験。

この人はある意味他の人にも広がっていったのでわかりやすいですが(目に見えるから)内面に似たような満たされる想いがあったとしたら、それはやはり自己実現の道なのです。
得をした、とか、願望が叶ったなどが自己実現、ではないのです。
実現するのは自己、です。
つまりは自分を活かし生かし切った状態、です。

自己、とは自分を最大限に生かして自分と他者を幸せにする道なのだから、だれか個人の願望が実現するものでは、ない。

だから願望が叶ったとか、こんな働き方で500万の仕事が手に入る自己実現、なんてないのです、というか言葉の意味が違うって話。(いやわたしの言う自己実現とはそうなんだ、ってそれは願望実現でしょ)

ポイントは2つあります。

1)誰かからの賞賛を必要としない内から湧き出る想いであること

2)自分が想定したことが起こるのではなく、
その内なる喜びを満たしていったら思いもよらむ世界が開けていくこと

 

想定したことではない、とは、
とてもとてもとてもとても重要なポイントです。
が、長くなりますので、それはまた別の機会に。

 

次の記事は「エセカウンセラーになぜ人は行き、
そしてそのエセカウンセラーのファンになるのか」
にしたいと思います。

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