「クライアントさんのセッション後の様子」そして心理療法の効果と ”セラピストとしての素質”について

セッション終了後に、
近況を報せてくださる方も
いらっしゃいます。

心理セラピーを例えるなら、
わたしは傷を負った野生動物の
一時的保護と同じだと考えています。

 
傷が癒えたら、
それぞれの本来の棲家である
森や、川や、草原、海に、還るもの。

だから、カウンセラーや
◯◯コンサルタントや、
セラピストの周囲に
グループ化してうろついたり、

 
ましてやそのカウンセラーのファンや
あなたに憧れています💕や
ただ、会いにおいで、などに
なってはいけないと思っています。

それは可愛いから、と
野生動物をペット化して、
手元に置いてしまうようなもの。
暖かい寝床と飢えはないですが
野生生物本来の輝きは失われます。

 
 
それよりも渡り鳥が、季節が巡ると
また再び日本にやってくるように、

たまに わたしのことを
思い出してくれて
わたしは今、こんな風に生きてる、

そう、近況を話してくれるのが
とても嬉しい。
そしてそんな役割の仕事だと思います。
(カウンセラーや施術者側が、
わたしこんな風に生きてる!アピールのブログを
よく見ますがなんなんですかね…あれ)

 
だって、それこそクライアント様が
自分の人生を、自分が主役になって
生きているってことだから。
 
 
 
わたしが主役的な講師、とか
わたしの生き方を見習って、とか
それも何か違う氣がします。

それぞれが主体性を持ち、
違う人間だからこそ
そこに至る動機も、生き方も、
違うはずで。

 
 
だから、見習って
とか
わたしは克服した人間だから、
とか
はたまた あらたさんは
どうしてきたんですか?
とか。
 
押し付けたり、真似をしたり、
他人を参考にしたり、は違うでしょう。
 
 
日本人は組織を編成する上で
プレイヤーを上司にしてしまったり
指導役にしてしまいがち。
それは天才バッターの長嶋茂雄さんが
監督に適していなかった、
と言えば分かりやすいでしょうか。
 
プレイヤー(長嶋茂雄)は
プレイ(野球)するから輝くわけで。
監督には監督の才を持つ人間がなるのが
良いとわたしは思います。
 
 
そもそも わたし達の仕事は
クライアントさん自身の本音を
引き出すこと。

ご本人が、まだ自分では
氣がついていない奥の奥を読み取り、
その方の可能性へと導くのだから。

 
 
そう、わたしは あなたの声が聴きたい。

それ以上に、
あなたに知って欲しい。
聴いて欲しい。
あなた自身の声を、叫びを。
あなた自身の深い根幹にある本当の声を。

 
あなた自身が押さえ込み、
その為に苦しみ、悩んでいる、
ずっと、言えなかったこと、
ずっと、泣いていること
聴いてほしくて、
あまりに長く無視してきたから
聴いてもらえるのを
諦めてしまった、その声を。
 
 
だから答えは、
カウンセラーやセラピストや
コンサルタントや講師にはない。
 
そう考えると、
講師やらを見習うって…?
ってなりません??
 
あなたの人生は、
あなたしか産み出せないんですよ。
 
 
 
さて、話が逸れました。

そんな便りが少しまとまったので

紹介しますね。
 
 
ある人は、
今まで出来なかった同僚を
ランチに誘うことが出来、
結果とても楽しい時間を過ごし
そしてそんな自分に自信を持ち始めた
とか
 
ある人は、
笑顔がぎこちなかった人が
街中で素敵な笑顔の人だなぁ、と
思っていたら、その人から
あなたの笑顔が素敵だから
わたしも元氣がでた、ありがとう
と声を掛けられた、
とか
 
ある人は、
不機嫌な人に引きづられそうになった
自分に自分で氣づいて自分で
自分軸に戻せた自分自身を嬉しく思う
とか

ある人は、
尊敬出来る人や自分を認めてくれる人に
囲まれて自分の居場所が出来た
とか

 
ある人は、
見知らぬ人からも、なぜか親しげに
声をかけてもらうようになった
とか
 
ある人は、
ママ友の集団が怖かったのが
怖くなくなった。
だから安心してお迎えが出来る
とか
 
ある人は、
楽にどうしたら
お金儲け出来るかではなく、
自分が行動した充実感の中に
喜びがあるのが解りだした。
とか

ある人は、
ご家族とわだかまりがなく
自然に話せるようになった
とか

 
ある人は、
自分が他人との距離を作っていた、と
腑に落ちたから、客観的に自分をみて
そういう行動を修正できた
とか

ある人は、
会社内で抜擢された為、
同僚からやっかまれたが自分は自分と
外野の声に影響されずに邁進している
など。

ご自分で出来た悦びを、
わたしに報せて、
幸福感を分けてくださるわけです。
本当に、ありがとうございます。
わたしも、とても嬉しい。

 
 
プライバシーの関係でかなり 
ぼやかして書いたので
最後に悩み迷走していた頃の
わたし自身のセラピー遍歴と
終了後の状態を書きますね。

見習うのではなく、一例として
参照にして頂ければ幸いです。

わたしは親の虐待がありました。

 
 
そのせいで、自分の本心がわからず
自分を酷使する人間関係、
自分自身を大切に出来ない環境に
あえて身を置くこと選択し続けて、
結果、鬱状態で倒れました。

絶対に人生をやりなおす、と
不退転の覚悟でカウンセラー養成講座を
受講を決意。
その時、講座の案内にあった
自分で傷を癒せる、
悩みを通じて友人が作れる、
それに惹かれたような氣がします。

しかし冷静に振り返ると養成講座は
やはりカウンセラーになりたい人が、
行くのが良いように思います。
癒されるまでの時間やお金その他、
いろいろな意味を込めて…

 
 
講座受講に前後し、様々な方から
カウンセリングを受けました。
 
 
カウンセラー養成講座の駆け出しの方。
同養成講座卒業で認定だった大御所の方。
養成講座の先生。
講座終了後、同養成講座卒業の他の方。
その後は、セルフカウンセリング。
全部合わせて2年間程かかりました…
 
 
わたしにとって初めてのカウンセリングは
初心者カウンセラー無料カウンセリング。
スカイプで一回受けました。
 
その方を選んだ理由は、
悩みが同じだったので
氣持ちが分かってくれやすいかな、と
よくありがちな理由です。
 
カウンセリングの途中から
何故かそのカウンセラーさん自身の
過去の話になり、
わたしがその話を聴くことに。
かなり長くご自分の過去を話されて
60分が90分の延長になり終了。

最後に、
「30分の延長はサービスしますね、
なんか元氣でちゃった。
良かったらお茶会来てください」
そう、言われて終了しました。
わたしは元氣にはなりませんでした。

 
 
 
次は当時はそこの認定カウンセラーの方。
スカイプにてセットで6回受けました。

選んだ理由は、先生に継ぐ実力派と
称されていて、カウンセリング数の実績もあり、ということで。

評判通り上手い方でしたが、
その方のエゴが入り過ぎていたな、と
今セラピストとして振り返ると感じます。
クライアントである わたしが、
主、ではなく、そのカウンセラーさんが
主役であるカウンセリングであったと。
結果、初期のカウンセリングで
潜在意識の扉を開けてはくれましたが
奥には行けずに終了。

最後の方の回数は消化試合の様な雰囲氣で
カウンセラーの方に わたしが氣を使って
疲れたのを覚えています。

 
 
 
養成講座の先生のカウンセリング。
やる前から ドキドキしていました。
一回のカウンセリングで
人生が変わるらしい。
それに、なんといっても先生です。
きっと素晴らしい
カウンセリングに違いない。
これでわたしの人生も変わる、と。
 
ところがベテランの方と同じく
浅い潜在意識の領域で終了。
先生のカウンセリングへの情熱が
感じられませんでした。
後半の30分は
ただ時間を潰している感じで
早く終わらないかな…と氣持ちが
冷めていったのを覚えています。
 
期待感が高かった分、
焦りとがっかり感と
これからどうしたら…と
絶望感で、しばらく
立ち直れなかった記憶があります。
スカイプで1回受けました。
 
 
養成講座の違う先輩の方の対面1回。

選んだ理由は、さすがに懲りて、
ブログにおいてご本人の信念、
主旨がしっかりしていること。
また自分の信念と感性が合っていること。
心理療法への造詣が深い記事があること。
自分の言葉で綴られていること。

一番効果があった、と
今でも信頼出来るセラピストさんです。
カウンセリングもとても良かった。
クライアントを甘やかさず、
かと言って指示ない訳でなく、
かと言って放置された訳でもなく、
沈黙にも とても意味があるセッションでした。

もし友人が受けたいと相談したら、
その方を紹介すると思います。
関西方面にお住まいの方は
対面で受けると良いと思います。
メッセージをくださればお教えします。

 
この方はわたしの潜在意識へと
いざなってくださいました。
 
 
 
その方のお陰でかなり深い潜在意識へ
タッチが出来ました。
が、そのカウンセリングから
毎朝、明け方に胸の上で象が
タップダンスを踊るような圧迫感と
言葉にはならない自分の悲鳴で 
目覚めることになります。

夢の内容は覚えていません。
ただ、苦しさや恐怖から叫び続けて、
最後は吐く。
それが一か月以上続きました。

 
なんとかしなくては、と焦りましたが
わたしの潜在意識の扉は頑強で、
夢うつつの明け方にカウンセリングが
受けられたら……
しかし、そんな時間に
対応してくれる方はおらず(←当たり前)
自分で行うしかないな、と
自己カウンセリングをその後、
一年半かけて5回。
(夜明けにだけではなかったですが)
 
なかなか辛辣な事実との向き合いは
苦しく、逃げたい、知りたくなかった、
と何度も思いました。
独りで立ち向かうには、
本当に大変厳しい道のりでした。
 
本来クライアントさんが
感情の海に溺れそうになれば、
灯台となり、時に浮き輪を投げ、
近道を示し、安全に岸まで連れて行くのが
カウンセラーや心理セラピストの役割。

しかし自己セラピーだと、
独り、その暗闇の荒海で目印もなく、
もがくことになるので……(´ー`)

途中挫折しかけ、ヒーラーさん2人に
ヒーリングを頼んだりもしました。
一人の方は上級資格や
他にもたくさん資格をお持ちでしたが、
エネルギーは全く来ず。
 
その同じメゾットを
初めてお客様に施術するという
ヒーラーさんからは
ガツンとエネルギーが届きました。

結果、その方は回路を掃除してくれ、
その後のセルフセラピーの後押しになりました。

ヒーラーさんも、
カウンセラーさんも、
資格や実際数よりも、
ご本人の素質と心意氣が大切であり、
それが効果を生む、
と痛感しました。

 
 
 
また、もう一つ学んだ
量子論的コーチングの技術、
そしてセッション6回が
大変後押ししてくれました。
先生の明るさは、迷える わたしを
和ませ導きになりました。
 
選んだ理由は、
自分が疑問に思ったことの答えが
ブログにあり、かつ理論的であったこと。
人や社会に対する世界観に共感。
記事やセッション内容が他人の真似、
パクりではなかったこと、です。
 
ここは結構重要で、
パクる方は、記事や文言は盗めますが
セッションは盗めません。

だいたい、他者から断りなく
その方のアイデア、知性をとる段階で
ご自分の自分軸どころか本心がわからない方なのだから、癒された方ではない。

ましてやセッションは
クライアントさんと施術者の共同創造。
ご自分の言葉すら紡ぎ出せない方が
カウンセリングやセッションでクライアント様をリードしなくてはいけないのに
果たしてそれが出来るだろうか?
と、わたしは考えましたし、
それは合っていた、と思います。

そもそも人としてどうか、と
わたしは思いますし。

 
 
 
様々なセッションを受けた体験、
また自分でした体験は、
 
クライアントとしてされたら嫌なこと、
クライアントとしてして欲しいこと、
として本当に わたしのセッションに
血肉として反映されています。
 
 
 
以下は、セッション終了後の感想です。

その日、とても穏やかな夢を見ました。
両親は何故か引っ越しをしていて、
その新居は全く見知らぬ土地で、
それでいて別荘のような
理想郷のような場所で
ペットと近所の人々と
落ち着いた暮らしをしており
わたしはそこに尋ねに行ったようでした。

わたしは母にこう言っていました。
「引っ越せたの?あの家出れたの?
仕事はしなくていいの?」

母は微笑みながら
「もうやりつくしたし、未練はない。
ここでしあわせ、今がしあわせ。」
そう、答えました。
それを父が側で同じく笑っていました。
 
わたしの母は、
一族関係の仕事がありました。
ささやかながらも
富を生んでくれるものでしたが
それ以上に不自由と軋轢を生み、
母を一族と産まれた土地に
縛り付けていました。

そして母はそれに異常なほど
執着していました。
本当にがんじがらめでした。

 
だから彼女が引っ越しなんて
考えられなかった。
 
 
夢から覚めたわたしの目から
自然と涙が出ました。
セラピーで流れる涙は通常と違うのです。
出てくる場所が、深い。
魂を洗うような静かで
奥からスーッと流れ出る粘度のない、
その涙でした。
 
 
そして、こう感じたのです。

今後、両親が亡くなった後、
わたしは自分の家に
両親の写真を飾ることが出来る、と。

そう、もう、いい。
置いてもいい。

祖父母や愛犬の弔いの写真の中に
あの両親も、置くことが出来る、と。

わたしはあの両親を
懐かしみ、愛おしむことが
やっと出来る、と。

 
セラピー前は、
弱った老人なのだから
介護や面倒は自分を殺してなんとかする。
しかし葬式にはどうしても出たくない。
そして墓参りには絶対に行きたくない、
そう思っていました。
 
今は、その時が来たならば、
お墓に花を手向けようと思います。
 
 
他の方からみたら、そんな夢がなに?
そんな風に思うと思います。
 
そんなもんなんです。
他人にはわかりません。
またわからなくていい、と
わたしは思います。
一人一人のその人ならではの想い、
ですから。 
 
でも、その夢の出来事はわたしには、
とてもとても大切な、
それでいて信じられない
奇蹟の様な映像と言葉、
そして感情と感覚でした。
 
また母を、そしてその付き合いで
同じく縛られていた父をそこから出せた、
それはこれ以上ない達成感で
満ちたりています。
 
ずっとあった欠乏感と胸を圧迫する
苦しみは今、わたしにはありません。
日常は特に変わらないのに、
とても心は自由です。
そしてただ、
わたしが ある と言った感覚でしょうか。

さて、心理セラピーや
カウンセリングとは、

 
ただ聴いてもらったり、
何か決め台詞のような言葉を
言ったりしたらなんか身体が緩んだ
とか、
なんだか すっきりした
とか、
悩みの原因がわかった
とか、
何かちょっとした行動の変化があった、

などが目的ではありません。

 
 
潜在意識の奥へアプローチする
心理療法を一言で表すなら
”癒し”そのもの、です。
 
また、癒しが完了した状態とは、
あなたが明日、
あなた自身とあなたの明日に、
希望をもって心中は穏やかに、
しかし前向きに挑戦し暮らせること。
 
理由のない孤独感や虚無感を消し、
どこか大いなるものと自分が
繋がっていてもう孤独じゃない、
と満たされる感覚が伴ったこと。

そして自分でその状態へ戻れること。
が前提です。

 
それがあなたが
あなたの実際の社会、会社、家庭で
生きていく力、です。
(その力の引き出し方はセッションの中で
お伝えしています)
 
 
 
あなたに、生きる力を
あなたに、生きる力を。あなたに、生きる希望を。あなたに、再び、自ら歩み出す勇氣を。心のお稽古教室なんか、いらない。それは あなたの周りに、あるから。あなたは現実の社会を、周りに居る、家族と、友人と仕事をする人と、生きてる。そここそ、心の稽古...

そうしたら、ただ、

わたしは生きていていい、と
力まず、見栄を張ることなく
自然に感じると思います。

 
 
 
どうか、あなたの場所で、
あなたとあなたの家族、
その周りの方々、更にその……と。
ますます あなた自身が、
あなたのその場所が、輝きますように。
 
「クライアントさんのセッション後の様子」そして心理療法の効果と  ”セラピストとしての素質”について
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