あらためて幸せとはないか、と考えていきたいと思います。
長らく政治的混乱状態にあるアフガニスタン難民支援(長らく紛争が続いており、平均寿命は30代と言われています)において心理学の方が現地に赴き、そこで生きる人々へ心の平安の為に心理療法やワークショップなどをする場合があります。そこでパトリシア・オミディアン博士がその様な個人自らの過ちは全くないのに故郷を追われてしまうような状況にあったとしてもレジリエンス力を失わない人はどういった素質があるかを24年間研究して出したものがあるので書いてみたいと思います。
その前にレジリエンスについて説明しますね。
レジリエンスとは個人的、社会的どちらの場合で大変な困難に見舞われたとしても、
自ら再び立ち直っていく力、を指します。
個人的な受験や就職、離婚、といったものだけでなく、災害や紛争、戦争といったものすべての厄災があったとしても、それら、そして自分自身と自分のやるべきものを見出す力、
そう、希望を失わない力、と言ってもいいかもしれません。
またはどんことがあってもやり直せるしなやかさ、と言ってもいいかもしれません。
災害に遭遇したとしても避難でき、また命が助かっても鬱状態のまま脱せない、ストレス状態、分断状態のまま、命はあるけれど魂は抜けてしまうような状態、そんなとても辛い状況から立ち直っていける力、です。これを別名、心理社会的健康と言います。
ただ、紛争における地域での平均寿命が短いように、やはり心の健康状態は身体への健康状態とももちろんリンクしていますので、心身共に健やかであること、は”生きる”ということにおいて何よりも重要であることは確かだと感じています。
ただし未曾有の災害や本当に親しい方を失うような喪失にあった時に、
悲しんではいけない、落ち込んではいけない、一時的に閉じ籠ってはいけない、ということではありませんのでその点は覚えておいてください。
そうした出来事に出会い悲しまない人、落ち込まない人、はいないのだから。
そこから一向に回復出来ない状態で、その人がずっと閉じ籠ってしまうこと、または問題から目をそらして逃げ続けてしまうこと、また自分の心を偽ってしまう人、が心理的に不健康なのですから。
さて話を最初に戻して、
パトリシア博士がアフガニスタンで見出した
レジリエンス力のある人の特徴はどういったものだったでしょうか。
それは
- 大いなる存在を信じる力
⇒これはある意味大きな宗教的な救済、というものであるとわたしは考えます。
何か特定の宗教に帰依している、または信仰している、だけでなく、
善いことをしていればおてんとうさまは見てくださっている、
物を大切に、人に親切に、などというものも含め、個人を超越した何か、
の存在を心に持っている人、という意味です。 - みんなが同じ体験をしている
⇒これは自分だけに起こっている出来事ではない、という気持ちを持てるか、辛い自分だけでなく
他にもそうしてる人、もっと大変な人がいるかもしれない、みんなもそうなんだ、 と社会へ目 と心を向けられる人、ということです。 - 未来を信じ、親である自分が苦労しても子ども、
または次世代には明るい未来があるのだという気持ち
⇒ひとつ前のみんなが同じ…、は目線が横に広がっていますが、これは縦、時間的空間を超えて過去、未来、をも全体を見つめる心と目を持っているのと同時に、その起きていない未来に希望を見出せる人、と言うことになります。 - 助け合いの精神
⇒自分よりもっと大変な人がいるかもしれない、という思いやりの心と他者が存在しているのだ、ということに意識を向けることができるか、ということです。
以上がリストとなります。
あなたは自分が困難な状況にある時、に、いえ、それ以上に、常日頃、どれぐらい自分は上記のリストに該当しているでしょうか。
リストが告げていること、それは、この世界にいる自分は世界中で一番不幸な存在だ、と嘆く状態ではない、ということ。私ほど不幸な可哀そうなみじめな人間はいない、と悲観すること、その状態にあること、時としてそういうこともあるでしょう。しかしショック状態を経て、その後上記のような状態に自分のペースで視野と信頼を取り戻していけるのか、その心の体力があるのか、ということなのです。つまり平時に、自分自身、そして他者、そしてそれを超えた大いなる何か、に畏怖と尊敬を持てているか、ということなのです。
もっと平たく言えば、自分を愛し、そして世界を慈しみ、信頼出来る状態の人、と言うとわかりやすいのではないでしょうか。
自分自身へ還っている人、というのはそういう状態の人を指しているのです。


